「昇仙峰(しょうせんぽう 261m) 山口県周南市」

今回は、少し遠くの小さな里山、周南市の昇仙峰に登りました。分県登山ガイド 山口県の山に紹介されており、「…インターチェンジのすぐ横にあるので、他の山では味わえない、一種独特な山旅を味わうことが出来る。」と紹介されており、山頂からの景色も良さそうなので、出かけてみました。

「登山口までのアクセス」

最近では、すっかりGoogle Mapナビのお世話になっています。今回も「昇仙峰」で検索しましたが、ガイドブックや、ネットの記事の登山口とは違う場所が示されました。今回はガイドブックのルートで登る予定なのですが、ナビの経路は、ガイドブックの登山口説明板の箇所を通るので、途中までナビ頼みで向かうこととしました。

今回は125ccのバイクで出掛けます。

国道2号線をひたすら走り、徳山西ICの少し手前、道の駅ソレーネ周南の手前の交差点(信号には交差点名の看板が無い)を右折して、四郎谷地区に向かいます。この辺はナビ頼りです。

(高速の下をくぐるトンネル)

右折後、眼前に山陽自動車道があり、この下をくぐるトンネルが2つあります。トンネルを出た直後に、登山口を示す小さな案内看板が道路の左右にあります。

(ここを右折 道の左右に小さな案内標識がある)

ここを右折し数百メートル走ると、待避所があり、ここが登山口になっています。待避所に数台、車が停められます。

「登山口にて」

バイクを停めてすぐに、別の車が1台来ました。地元の方と思われる初老のおじさんで、軽く挨拶をされて先に山の方に入られました。荷物は携帯ラジオと携帯ノコギリだけでしたので、散歩ついでに登山道の整備をされている地元の方なのかなあと思いました。

(木の看板があり 昇仙峰 の文字が消えかかっている)

登山口には、木の棒が数本置かれてあります。「杖として使っていいよ!」ということなのだと思います。

「いざ登山開始」

さて、今回も念入りに体操とストレッチを行って、いざ出発。

最初はコンクリートの舗装路ですが、かなりの急傾斜。山頂まで1.2kmの看板があります。

しばらく上ると、左に上がる分岐があり、これを左に登ります。

振り返ると、北側に少し、景色が開け、街並みと中国山地が見えます。

登っていくと、コンクリート舗装が一面、苔むしている道になります。「なんか滑るそうだなあ~」と慎重に登りましたが、晴れているためか、滑りませんでした。

しばらく行くと、ようやく舗装路から山道になります。

ここに、「大将軍」と書かれた看板があり、遺跡の説明が書かれてあります。読みましたが…ちょっと何のことか分からず…

「山道を山頂へ」

道は概ね歩きやすく、急登箇所もありません。

道は比較的広くなっています。恐らく第二次世界大戦中、山頂に軍事施設があったことより、荷物輸送等のため、道が広いのだと思います。

この山は雑木林にて、いろんな木の種類があるようです。良い感じです。

途中に1か所、ケルンがありました。

道の一部が舗装しているような跡があります。これも第二次世界大戦中の名残なのでしょうか?

そうしている内に、「あと200m」の標識がありました。もうすぐ山頂なのだな?

その先で、少し開けて明るくなります。朽ち果てた小屋があります。

少し登ると2か所、四角いコンクリートの建物があります。中に水が溜まっていますが、これが第二次大戦中の軍事施設の跡なのだと思います。

この先で左に曲がる道があり、左側に「いこいの館」と書かれた建物があります。この建物はたまに活用されているような雰囲気なのですが、軍事施設の再利用なのか、新しく建てたのか? は分かりません。

まっすぐ行くとすぐに山頂にたどり着きました。

山頂からの景色は… 期待していたのですが木々が生い茂っており、所々、木の間から垣間見える程度でした… 残念…

(ガイドブックの画像と大きく様変わりしており…)

登山口から山頂までは、ガイドブックの案内(35分)と、ほぼ同じ時間でした。

(砲台の跡なのでしょうか?)

「少し反対側へ下りてみる」

山頂から反対側(海側)に下りる道があります。

四郎谷口からの登山道です。

少し下りると、石が積まれた監視所のようなものがあります。細い石の橋を渡り監視所の上まで行けます。

その脇をくぐるように、四郎谷口の方に下りて行きます。

すこし歩くと祠のような所があります。ここが神社なのかな?

その下に「二の鳥居」跡があります。ここからも景色が望めると、ネットの記事に書いてあったので来たのですが… 木が生い茂り、木の間からわずかに垣間見える程度でした…でも、せっかくなので記念撮影。

ここで、遅くなった朝食のコンビニ弁当を食べましたが… もう恐ろしいくらいのやぶ蚊がまとわりついてきます。虫よけ持っていたから2か所しか刺されませんでしたが…

(二の鳥居からの景色)

不思議なのが、同じ低山でも、やぶ蚊が多い所と少ない所があります。この差は何なのかなあ?

「下山」

再び山頂まで歩き、下山の途につきました。

雑木林が結構いい感じなのです!

残念ながら、ガイドブックにあったインターチェンジの風景は… 木が生い茂り半分も見えなくなっています…

まあそれでも、街並みの景色は良かったので満足かな!

しかし、ガイドブックも古すぎると、情報が変わるというか、月日の経過を感じさせられますね! まあ山登り=自然の懐に入る趣味なので、木が生い茂るのも自然ではあり、それもまた由かな。

「ライセンスフリー無線 青野山」

7月26日(日)に島根県津和野町の青野山(902m)に登りましたが、この日はライセンスフリー無線のイベントの日でしたので、交信目的にて、無線機(CB無線機)持参で登りました。

「ライセンスフリー無線のイベンドデイ」

免許不要のライセンスフリー無線は数種類ありますが、出力も小さくユーザーも少ないため、普段はなかなか不特定の相手とは交信するのが難しいのです。

そのため、全国のライセンスフリー無線機ユーザーが、一斉に運用するイベントの日を設け、この日にみんなで運用することで、たくさんの局と交信出来るようにと策定されたのが、イベントデイとなります。今は年に6回のイベントデイがあります。

  • 年末年始一斉オンエアデイ(毎年大晦日・元旦)

  12月31日21:00 ~ 1月1日15:00

  • 春の全国一斉オンエアデイ(毎年3月春分の日)

  春分の日 9:00~15:00

  • ゴールデンウィーク一斉オンエアデイ(毎年5/3・4の祝日)

  5月3日21:00 ~ 5月4日15:00

  • SUMMER VACATION(毎年7月の最終土日)

  (2020年は)7月25日21:00 ~ 7月26日15:00

  • 秋の一斉オンエアデイ(毎年9月敬老の日を含む連休の土日)

  (2020年は)9月19日21:00 ~ 9月20日15:00

  • 全国各地一斉オンエアデイ(毎年11月文化の日)

  文化の日 9:00~15:00

5月、7月、9月のイベントデイは二日にまたがって開催されているので、熱心な無線家は、泊まり込みで電波状況の良い所に移動して運用されています。

「私の場合」

私は、CB無線機という種類の無線機を持っており、これを運用しています。

私の場合は、登山のついでに登頂記念的に交信しているので、数局と交信出来れば、それで結構満足だったりします。

無線の大好きな方は、一日に数十局の無線局と交信されている方もおられます。

無線用語で、出来るだけ多くの無線局と交信することを「稼ぐ」と言います。

交信の別れ際に「では、多く稼いで下さい!」等の使い方をします。

そういう意味では、私は全然「稼げない」無線家ですね…

「交信結果」

1局目(というか、この日は1局しか交信出来ず…)

  • 交信開始時刻 7:40
  • 相手方コールサイン  ヤマグチAZ431
  • 相手方運用場所  下関市 華山 山頂手前
  • シグナルレポート  相手方 5-3 、 当方 メリット5
  • 交信周波数(ch)  CB無線機 8ch(27.144Mhz)
  • 無線出力  0.5w 
  • 直線距離  約77km

距離的には近場となります。初めて交信した無線局でした。

「聞こえた局」

他は1局、8chで呼び出しされていましたが、コールサインも殆ど聞き取れず(ヤマグチ局だと思います)、応答出来ませんでした…

「アマチュア無線」

アマチュア無線機も持参して、ワッチ(Watch)していました。

(「Watch 見張る という意味ですが、無線用語では傍受するの意)

8:24頃、JI4NGG局(モービル)が呼び出しされていました。

応答が出遅れ、交信出来ず…

「この日の総括」

総括というほどの話ではありませんが…

青野山から周りを見ると、結構山深いというか、青野山自体は単独峰なのですが、周りを多くの山に囲まれており、青野山よりも高い山もあるので、もう少し標高が高くないと、ロケーション的には、それほど良い条件では無いのかも知れません。

また、天候もいまいちでしたし、コロナ禍の中なので、無線機持って出かけた局も少なかった可能性があります。

あと、ちょっと時間が早かったのかなあ… だいたい9時頃からお空に出てくる人が増えるような気がする。

でも、1局でも交信出来たので、満足しています!

「青野山(907m) 島根県津和野町」

7月も終わりに近づきましたが未だ梅雨明けせず… 連休なので少し遠く、大分県の山に行く予定を立てていたのですが雨予想… 中国地方の方が天候はマシだったので、比較的近い、津和野の青野山に急遽、行先変更しました。ガイド本には「景色が良い」と書かれてあり、山頂からの景色が楽しみです。

(午後から天候が崩れる予想だったので、早朝より出かけました)

「青野山について」

  • 「西中国山地の最西端に位置し、オッパイのようにまろやかな姿をしていて、トロイデ式火山の見本のように望める」文県登山ガイド 島根県の山より
  • 標高907m 青野磧駐車場より1時間ほどで頂上に登れます。登山ルートは3つあるようです。
  • 青野山県立自然公園になっています。令和元年に国の天然記念物・名勝に指定されています。

「登山口までのアクセス」

Google mapで「青野山」で検索すると、恐らく笹山登山口と思われる場所を示しました。ガイドブック(島根県の山)には青野磧駐車場からのコースが説明されていたので、「青野磧駐車場」で検索すると、これも出てきたので、青野磧駐車場を目指し車で移動しました。

午後からの雨を避けるため、早朝4時に出発、小郡ICまで高速を利用し、国道9号線で津和野方面へ。

津和野町への入り口、目印の赤鳥居の手前を右折し県道226号線へ。笹山登山道から左折して一本道を1.5kmほど進むと、青野磧駐車場に到着します。

R9 鳥居の手前を県道226号へ
(県道226号線 途中右側に青野山を見る)
ここを左折
(左折した所は笹山登山口)

自宅から2時間弱で青野磧駐車場に到着しました。

「駐車場-登山口」

広い駐車場でトイレも完備されています。早朝でもあり、私の車しかありません。

ゆっくりと入念に体操-ストレッチを行い登山開始します。

「登山開始」

登山口は、駐車場から階段を上り、道路を渡った所です。

「山頂まで1.4km」の標識があります。

まず道は杉林の中に入ります。

しばらく行くと小屋のようなものが建っています。ガイドブックには「避難小屋」と書かれてありますが…

ここにも標識があり「山頂まで1400m」??? さっきと同じ距離だぞ? まあいいか…

道は整備されていますが、比較的傾斜がきついです。まあ、でも歩き難いということは無いと思います。

途中、杉が根元から折れている所が数か所ありました。根腐れ?

「あと1000m」

地元の小学生の作った看板があります。

ちょっと励まされます!

途中、道が細くなっている部分もあります。まあ山らしくて良いかな。

少し、木の間から景色が見える。

植生も杉林から天然林? に変わります。

「緑がきれい!」

薄曇りの天候ですが、日が差してくると、緑がキレイ!

晴れていたら、もっと綺麗だろうなあ~

「あと600m」の看板が出てきました。半分以上あるいたな!

こういう看板があると、なんか微笑ましくて、いいね!

しばらく、綺麗な緑を堪能しながら歩きました。

「ファイト! あと400m」

看板があります。「ファイトあと500m!」 100mずつ刻まれると、かえって遠く感じたりするのだけど… いえいえ頑張ります!

あと400mの看板を過ぎ、登っていくとベンチがあり、「津和野市街展望地」の標識があります。振り返ると、木々の間に市街地が見えます。駅舎らしい建物があり、恐らく津和野駅だと思います。

また山間を蛇行して流れる川も見えます。もう、すごく残念な事に雲なのか霧なのか、白っぽくしか見えない! う~ん、風情があると理解しよう! でもくっきりと見たいなあ…

「もうすぐ山頂!」

すこし登ると、ようやく傾斜が緩やかになり、歩きやすくなります。木の種類を書いた看板もあります。私は木や草の種類には興味が無く… 全然名前しらないのです…

さて、「ゴールまであと200m」もうすぐだな!

何か見えてきたぞ! お地蔵様だ! 山頂なのか? いや違うなあ。

お地蔵様に手を合わせ、山行の無事を祈りました。

山頂は、お地蔵様のすぐ先に見えています。

「山頂にて」

笹山登山口からの道があります。

山頂は草地ですが、景色が見えないぞ! 何それ!

ガイド本には「広い草地で展望も良い。東面には… 南には… 北には…」と書かれてあるが… 樹勢がすごくて周りは木々… 景色が見えなくなっているようです。ガイド本発行日は96年12月… 23年の月日は景色を変えてしまったのか…

まあ、よくある事です。木が伸びるのは当たり前。

先日上った鯖釣山も、景観を見せるため、山頂の木々の一部を伐採していましたので、放置すれば山頂の景色は木が伸びて見えなくなる傾向にあります。

ちょっと残念ですが、仕方ありません。

山頂まではガイド本の時間と同じく、1時間でした。

「下山」

山頂からの景色が望めず、そそくさと下山しました。

というか、8合目辺りの、「津和野市街展望地」でゆっくり景色を見て休憩しました。

1時間くらいゆっくりしたでしょうか。綺麗な蝶々が飛んでいましたが、写真は撮れませんでした。

景色を堪能し、下山開始しました。

スマホで写真を撮るので、トレッキングポールがあると邪魔だから、当初は持参する予定ではなかったのですが、この間低山ばかり登っていたので、足腰弱っているかなあと、使うことにして大正解でした。

もう、下山中に何度スリップしたか…

背中(ザック)まで着地しての完全1本負け状態が3回…

尻もち1回…(技あり)

足が滑ってよろけたのが数回…(有効) 柔道の判定に例えてみましたが、トレッキングポールなかったら、さらに1本負けが増えていたのでしょうね…

道を作っている丸太が滑る! これで2回スリップ!

(この丸太がとにかく滑る!)

もうこの靴も長年使っていて、アッパーはまだまだ大丈夫なのですが、ソールのブロックの角が丸くなっており… 滑りやすくなっているのかなあ。

愛着があるのですが、今日を以ってこの靴は退役させることにしよう(ソール張替不可なので)。

駐車場まで下りてきましたが、私の車だけです。まあ、そうだろなあ、他に登山者居なかったしなあ。

(スリップ3回でザックも泥だらけ…)

「帰路のスナップ」

(青野山の麓の水田)
(R9 小郡に向かう車窓より)
(山間一面に広がる水田)

「鯖釣山・湯玉城山(182m) 下関市豊浦町」

そろそろ長雨だった梅雨も終わり頃。天気予報は一日中曇りの予想でしたが、雲間からの晴れを期待し、近所の小山に出かけました。今回もネットで見つけた市内の小さな山に出かけました。

「鯖釣山・湯玉城山について」

海沿いにある小さな山です。知名度はあまりなく、私も先日ネットで見つけて、初めて知りました。

眼前の山が鯖釣山・湯玉城山

椿の群生林があり、3月上旬~中旬には椿が咲き誇るようで、その頃には観光客が多いと書かれてあります。

山頂には第二次世界大戦中の監視所跡があり、眺めの良い場所であったようです。景色も良いと書かれてあり、期待が持てます。

(写真の右側に監視所跡)

鯖釣山・湯玉城山は双耳峰のようになっており、途中の尾根筋から左右に分かれます。看板は鯖釣山と書かれてありますが、案内通りに登っていくと湯玉城山山頂にたどり着きます。標高が低いので、30分もあれば山頂に登れそうです。

「鯖釣山までのアクセス」

もうすっかり頼りにしているGoogle map! 今回も“鯖釣山”で検索すると、ちゃんと「鯖釣山駐車場」って出てくるんですよね。こんなマイナーな所まで道案内してくれるって、本当に助かります! 私の家からは44分で到着となっています。近いなあ。

道は殆ど1本道、ひたすらR191を北上します。

豊北町宇賀で左折し、県道270号線に入ります。ここは国道の脇にJR山陰線が走っているので、左折するとすぐに踏切があります。

R191 ここを左折します
(左折するとすぐに踏切)

踏切を渡り、数百メートル進むと、右側に「鯖釣山登山口」の看板があり、鉄筋4階建て、社宅のような建物の敷地の方に入ります。

(案内看板に従い、ここを右側に入る)
(登山口の案内看板がある)

実際には敷地の脇に道路があり、この道を進むと、行き止まりとなり、ここが登山口です。舗装路の左脇にスペースがあり、車が3台くらい停められます。

(手前左側に3台分くらいのスペースがある)

「登山開始!」

前回の小文字山(北九州市小倉)は、低山と舐めていて準備運動もせず、息が上がってしまったので、今回はちゃんと柔軟体操、ストレッチをしてから、ゆっくりと歩き始めました。

そう言えば、停めた車の近くでストレッチをしていたら、何か大きな鳴き声がする! 何度も鳴くのですが、何だろう? ニホンザルなのかな?

最初はコンクリートの階段を歩きます。左側に砂防ダムがあり、この脇を上がって行きます。少し歩くとコンクリートの舗装は無くなり、土になります。

右側に湧き水が流れているようです。その先には仮設ですがトイレもあります。すごいぞ!椿の頃には多くの人が来るんだろうなあ!

地元の中学校、卒業記念の植樹もありました。椿だと思います。

(何? 音がしたので見たら、鹿が逃げて行きました。さきほどの鳴き声の正体は鹿でした! 鹿の鳴き声だったんだなあ。残念ながら鹿の画像は抑えられず… 動きの速いものは、スマホでは無理ですね…)

道は概ね歩きやすいです。急登箇所はありません。

少し広くなった所にベンチもあります。

そして、尾根らしい所に出ます。看板は右を示していますので、ここを左に行くと、鯖釣山なのだと思いますが… 道が分かり難い…

今回は看板に従い、鯖釣山の方向(本当は湯玉城山)に登ります。

「椿の群生地」の看板があります。この辺が群生地なのだなあと思いながら、登ります。

階段が作ってあるのですが、通常は丸太で階段を作ってあるのですが、ここはプラスチック製の四角柱のようなものが地面に挿してあります。私は初めて見ましたが、恐らく転用ではなく、山道の階段を作るための専用のものなのだろうと思います。

尾根筋を登っていくと、左側に少し、海が見える場所がありました。

草に隠れ気味ですがベンチもあります。振り返ると、鯖釣山と思われる山があります。

休憩するなら、この辺が中間辺りかなあ。まあでも休憩するほどの山道ではないので、そのまま登りました。

「頂上へ」

そのまま登っていくと、少し開けた場所に出ます。ピークになっているようで、南側、西側、北側に展望が開けます。

なかなかいい景色だぞ!

ここから、少し下って、東側にある山頂に向かいます。

下ったところもベンチが置いてあり、少しだけ景色が開けます。

そのまま登っていくと、山頂にたどり着きます。

(監視所兼防空壕跡)

登山口から、ゆっくり歩いて30分でした。

「山頂は良い景色だぞ!」

山頂には、監視所跡があります。今は木々が茂っているのですが、おそらく昔は山頂には木は無かったのだろうと思います。

木があるので360°の景色とは行きませんが、南北には海の景色が開け、東側は山が見えます。景色が見やすい様に、木が伐採してありました。

ここからの海岸線、小さな海に面した町の景色は、良いですね~

低山の俯瞰景色の良さは、町並みが近い事。ここの景色もなかなか良いです。

下関市長府の準提山、小倉の小文字山といい、この鯖釣山といい、景色最高!

かなり気に入りました。すごく良いぞ!

「山頂からの景色」

  • 湯玉駅付近の街並みと海の景色
  • 南北の海岸線の景色
  • 東の方には狗留孫山(くるそん)が見えるのですが、そびえ立っているように見えます。その南北につながる山景色が、なかなか良いのです。
  • 山の上に風力発電の風車がたくさん見えます。

「鯖釣山の感想」

  • 低山ゆえ、歩く距離、垂直移動距離は短く、その辺は歯ごたえが無いのですが、これは予め分かっていることなので。
  • 道は歩きやすく、管理されている山です。地元の人に愛されているように思います。
  • そして、この景色は良いなあと思います。お勧めですね、この山!
  • 椿の頃、再訪したいなあと思いました。山が東側、海が西側なので、夕方頃の景色も良いのかも。

「その他 スナップ写真」

「小文字山(366m 北九州市小倉北区)」

今回も、近場の低山に出かけました。現在梅雨時期で、なかなか晴天に恵まれず、近場の低山であれば、少しの晴れ間の間に出かけることが出来ます。

この山は、昔登ったような記憶があるのですが… 写真も記録もなく、記憶の混同なのかなあ… まあいいや。

「登山口(足立公園)」

小文字山は足立山に連なった山系で、麓に足立公園があります。市街地に近い公園でもあり、散策、ウォーキングやジョギングをされる方が多くいるようです。私が行った日も、何人もの散策の方がおられました。

足立公園の中に“メモリアルクロス”と呼ばれる場所があります。小文字山の登山口は、このメモリアルクロス入り口の駐車場にあります。

Google mapでも「小文字山登山口」で検索すると出てきます。登山口は道路脇にあり、10台前後の駐車スペースもあります。

「山ガール発見!」

最近、ツイッターやインスタグラムで、“山ガール”と思われる人の投稿をちらほら見かけます。でも、身近には“山のおね―様”、“山のおじさま、おばさま”は、たくさんいますが、山ガールは見かけることが殆どなく… 身近にはいないデジタル世界の住人の話と思っていました。ふと見ると登山口から山に入っていくのは、間違いなく“山ガール”! 実際にいるんだなあ~ さすが北九州市!

(あれは間違いなく山ガールだ!)

「所要時間・距離など」

  • 小文字山から足立山まで縦走できます。足立山からは、門司の戸ノ上山まで縦走出来ます。その昔、足立山から戸ノ上山まで縦走した事がありますが、意外にも? 結構ハードだった記憶があります。
  • 小文字山に関するネット記事を見ていると、登山口から山頂までは、40分前後の所要時間と書かれてあります。私の脚でも、だいたいそれくらいの時間でした。
  • 登山口の案内標識にも、「0.6km」と書いてあります。
  • 市街地近くの山なので、登山道、標識等は整備されています。道は丸太で階段が作ってあります。

「完全に舐めていました…」

  • 近場の低山でもあり、山頂まで0.6km 「な~んだ、すぐそこじゃん!」と、準備運動もせずに登りました。これが大失敗!
  • 通常であれば、入念に準備運動、ストレッチを行い、歩き始めはゆっくりと、また山道に入り傾斜路となったら、さらにギアダウンして最初の15分は超低速で歩き、身体を慣らすようにしているのですが… そういうの一切無しで登り始めました。
  • この登山道は、登山口から比較的傾斜のきつい登りがずっと続きます。ほとんど緩急が無く、単調に傾斜のきつめな登山道となっており… 全くペースが作れないまま… あれって何なんでしょうね、一旦ペースが作れずに登ってしまうと、もう途中からギアダウンしてもどうにもならない… 大休止して一からやりなおさないと、ずっとしんどいままとなります。私もまだまだですね… 仕方なく、あえぎながらそのまま山頂まで登りましたが…

「登山道について」

整備されており、山頂手前まで丸太で階段が作ってあります。

傾斜を避けてスイッチバック、つづらおりとなっている登山道ではなく、どちらかと言えば直登の感じの登山道なので、緩急はほとんどなく、比較的傾斜のきつい道が山頂まで続いています。

途中1か所、ピークがあって少し下る場所があります。大した距離ではありません。

標高が低いので、植生は殆ど変化はありません。山頂付近は伐採してあり、開けています。

木々の間隔が詰まっているというか、緑が濃いような気がします。

市街地に近いこともあり、杉の植林ではない天然林と思われる山です(私、この辺あまり詳しくないのですが…)。

「鎖場がある」

2か所ほど、岩肌の場所があり、鎖が設置してあります。まあ、この鎖を使わなくても迂回する道もありますが、こういうのがあった方が楽しいです。

「丸太の階段が苦手」

私、丸太の階段が苦手というか、個人的にはペースが作りにくく、歩きにくいのです…

そうは言っても、丸太の階段が作ってある山道の方が多いのですが。

階段のピッチによって、歩きやすさが決まり、自分に合っていないと、歩きにくいのです。という言い訳をしていますが、事前に準備運動も何もしていない自分が悪いのですが…

(きのこ)

「山頂からの景色は絶景」

山頂直前で、頭上の木々が無くなり、急に展望が開けます。

山の裾野が殆ど無いので、眼下まで景色が広がっており、程よい標高から見下ろす景色、市街地の景色は最高です!

高所が苦手な私は、少し怖い感じもする、ほんと足下まで景色が見える感じが、この山の景色の醍醐味です。

西側の小倉の市街地の景色、小倉北区、南区と戸畑辺りまで見渡せ、北側には関門海峡と下関の彦島が見えます。及び関門橋も見えます。

この景色はほんと、しばらく堪能しておきたくなるようないい景色です。

ちなみに、山頂にはテーブルと椅子がありますが、山頂を示す標識はありません。及び南側に連なる山のピークが目の前に見えるので、そういう意味では山頂らしさは無いのですが、そんなの関係ないというか、この景色は本当に良いですよ!

あいにくの曇り空ではありましたが、それでも十分堪能できました!

「下山にて」

雨上がりなのか、大きなミミズを2回見ました。青紫色のミミズです。

(30cmオーバーのミミズ)

今回、安物のローカットの靴、見た目はトレッキングシューズを履いて行きました。靴紐の締まりも悪く、サイズも少し大きいので、下りでは靴の中で足が躍る始末…

でも、不思議な事に雨上がりの滑りやすい、傾斜も緩くない道なのに、何故か滑らない… なんでなの? ローカットの方が足首の自由度が高いから滑りにくのか? 安物ゆえ靴底が柔らかいので地面に追随しやすいのか? ある意味面白い発見です。

大きな白いキノコもありました。

「メモリアルクロス」

「小倉北区の市街地を眼下に望む足立山中腹の地に建てられた大きな十字架は「メモリアルクロス」と言われ、朝鮮戦争中(1950~1953)に戦死した国際連合軍将兵の霊をなぐさめるため、当時の駐留米軍小倉師団の司令官達によって1951年(昭和25年)に建設され、日本側(旧小倉市・旧門司市・旧戸畑市・旧八幡市・旧若松市)に譲渡されたもので、高さ約20㍍のジュラルミン製十字架で朝鮮半島のほうに向いて立ってます。
あまり伝わってない事実ですが、北九州の港・飛行場から多くの連合軍将兵が挑戦半島に向かい、多くの戦死者が帰ってきました。」

北九州市 時と風の博物館HPより

「おまけ」

関門マーチス:関門海峡海上交通センター 関門海峡の航行情報提供、航行管制および戸畑航路の出入港管制を行います。周波数1651kHz 毎時0分及び30分から15分間 船舶向けラジオ放送を行っています。

門司 小森江の赤レンガ倉庫群  アサヒビール

「俯瞰撮影(鉄道)」

さて突然ですがSNSについて。私はフェイスブックのアカウントを持ってはいますが、殆ど「見るだけ」にて、フェイスブック上の友達も数えるほどの人数しかいない… 実名出しているので、なかなか不特定多数に友達申請するのも気が引けます。

まあ、スマホデビューも最近だったというのもあります(2018年だったかな)。

山登りに行くので、殆どカメラは携行していました。主は登頂記録用にて、単なるスナップ写真なので芸術性は皆無ですが、なのでカメラで何かを撮影する事は、私の中では結構好きな事だと思います。しかし撮影した山登りの画像も、フェースブックに上げても、誰も興味無いだろうなあと思い、投稿したことはありませんでした。

「インスタグラム」

私の勤務先に出入りしている業者の方と、写真が縁で仲良くなり、この人が「インスタグラムの方が気軽に楽しめますよ」という話をされていて、とりあえずインスタグラムが良く分からないまま、せっかくスマホも買ったしと、始めてみることにしました。

これ、ごく簡単に言ってしまえば、「自慢の写真の見せあいっこ」なのだと思います。基本的に知らない人同士でのやりとりなのですが、写真を通じて気軽にコメント等も交わせる所が良い所なのだと思います。

感動的に芸術性の高い写真もあれば、日常のありふれたスナップ写真まで、見ていて楽しい写真がたくさん見れます。

「撮影ネタ探し⇒撮り鉄」

インスタグラムを始めて、良い意味で、普段見過ごしていた風景や物を見つけるようになりました。スマホの良い所は、そういうものをすぐに撮影できる所だと思います。

ただ、そうは言っても身の回りに素敵な写真のネタがあふれている というわけではなく、なので今度は自分で見つけに行く必要があります。それも良い事なのではないかと思っています。

さて何を撮影しようか? インスタグラムで多いのが鉄道関係の写真です。いわゆる通称“撮り鉄”さん。私は飛行機を見るのが好きで、下手くそながら飛行機を撮影することもあるのですが、それまで鉄道には興味はありませんでした。むしろ、うるさいので嫌いだったです。なぜって、家の前を鉄道が走っているので… 田舎なので通勤電車は長くても4両と短いのですが、これが貨物となると、延々と音が途切れず、夏なんか家の窓開けているのでうるさくてTVの音が聞こえない!

そんな鉄道が身近にありましたので、せっかくならこれを撮ってみようと、撮り鉄デビューしました。

「俯瞰撮影」

私の住んでいる所は田舎なので、近所の路線を通る電車、気動車、機関車の種類も多くはなく、走る鉄道の種類だけなら、すぐにコンプリートしてしまいます… 他方、撮り鉄の面白さの1つは、いろんな景色の中での鉄道撮影があります。

その鉄道撮影の方法の1つに、“俯瞰撮影”というのがあります。これは、高い位置から被写体を見おろしてパノラマのように撮影することです。確か最初はインスタで俯瞰撮影されている鉄道を見たように思います。「こういう撮影方法があるのか!」と、ネットで調べてみると、近所の低山で撮影できるポイントが幾つかあるのが分かりました。

それまで、標高の低い山には積極的には登っていなかったのですが、俯瞰撮影の場合は、標高が200~300mくらいまでの所からの撮影が多くなっており、撮り鉄目的が主ではありますが、近所の低山に出かけています。

「山だけが目的でなくても良いじゃない」

山登りに行く理由なんて、特に無いというか、「行ってみたいから」以外の理由が私には無いような。でも、それほど興味が無かった山でも、鉄道撮影のためという理由で登るのも悪くないなあと思います。目的は撮り鉄でも、その山について発見があれば、「来て良かったなあ」と思えるし、自分の中では相乗効果かなと気に入っています。

まあ、鉄道を俯瞰撮影できる山も、それほど多くは無いのですが、新たな山の楽しみ方として、鉄道の俯瞰撮影も取り入れて行こうと思います。

もう駄作でしかないのですが、せっかく撮影した画像なので、以下に紹介します。

「石山公園(山陽小野田市)」

山口県山陽小野田市にある、標高240mの山です。山頂近くに駐車場があり、車でも登れます。初日の出目的で来られる方もいるようです。名前も山ではなく公園なので、山登りの雰囲気とは違いますが、景色の良い所です。

鉄道撮影ポイントは、少し分かり難い所にありますが、見事に、山陽本線が俯瞰できるポイントがあります。

(山陽本線を走る近郊型車両)
(はるか遠くに厚狭駅と新幹線が見えます)
(俯瞰の醍醐味の1つ 長い車両編成の貨物列車)

「青山(下関市)」

関市にある、標高288mの山です。昔は山城があったとのことで、山頂付近には郭、石垣、竪堀などの遺構が残っている。山頂にはアンテナが建っており、車道がありますが、現在車両の侵入は禁止されています。

山頂付近の舗装道路から、鉄道が撮影出来るポイントが2か所あり、山陽本線(在来線)と山陽新幹線が走る風景が望めます。

(田植え前の水田風景の中を走る近郊型車両)
(山陽新幹線 赤いキティちゃん車両が走っています)
(山陽新幹線 レイルスター)

「準提山(じゅんていさん)(下関市)」

下関市長府にある標高177mの山です。この山は個別に記事にもしましたが、隠れた名山だと思います。別名、覚苑寺山とも呼ばれています。

実は、この山を知ったのは、この鉄道の俯瞰撮影ポイントを探してのことでした。地元のこの山を知れた喜びは大きかったですね。

ここからも山陽本線が望めます。

(下関市長府の街並み 山陽本線を走る近郊型車両)
(5両編成の気動車が走っています。実はとても珍しい事です)

「霜降山(宇部市)」

宇部市にある標高250mの山です。ここも個別に記事に書きました。この山は昔から存在を知っていましたが、登ったことが無く、これも鉄道の俯瞰撮影場所を探していて、ポイントであることを知り、「じゃあ登ってみよう」と思い出かけた山です。

俯瞰撮影ポイントとしては、残念ながら気が生い茂ったため、殆ど鉄道が見えなくなってしまいました…

(木が生い茂り、これだけしか列車が望めない)

「小文字山(北九州市)」

北九州市にある標高366mの山です。足立公園にあります。

鉄道の俯瞰撮影は、途中の展望台等の数か所、及び山頂から望めるようです。画像は比較的標高の低い所にある所から撮影しています。

次回は山頂まで登ってから撮影してみようと考えています。

(下関から小倉に向かう貨物列車)
(小倉駅を出た上り新幹線)

「(番外編)岩鼻公園(宇部市)」

ここや山ではなく、丘にある公園なので、山登りとは違いますが、せっかくなので紹介します。

宇部市にある公園で、麓を厚東川が流れます。この厚東川に橋梁が多くかかっており、宇部線、小野田線を走る列車を見ることが出来ます。

(橋梁を走る小野田線車両)
(橋梁を渡る宇部線車両)

「霜降岳(250m) 山口県宇部市」

今回も、比較的近場の低山に出かけました。私の家からは車で1時間ほどの所にあります。ガイドブック(ヤマケイ分県登山ガイド)によると、ここは鎌倉時代から南北朝にかけての山城だった所と書かれています。登山道(ルート)も何本もあるようです。宇部市HPにも紹介ページがあります。

登るに際し、グーグルマップナビで山までのルートを調べた所、ヤマケイ分県登山ガイドの案内ルートの登山口が出てきたので、ガイド本のルートで登ることとしました。

「移動手段」

今回は近場なので、バイクで出掛けました。125ccなので高速は走れませんが、一般道であれば、なんとか普通車についていくことが出来ます。最高速度108kmしか出ません…

その代わり、燃費は40km以上/Lです。

バイクの利点は、駐車場が無くても何とかなるという事です。今回も駐車する所が無かったのですが、少し広い所があれば、迷惑にならない停め方が可能です。

(愛車 Honda PCX125)

「アクセスルート」

下関から、国道2号線を北上し、宇部市中村 下岡交差点を右折し、県道215号線に入ります。215号線を3.5kmほど進むと、恐らくこの辺にガイド本にある「霜降岳登山口バス停」があるのだろうと思います。ここから左折し、踏切を渡り、その先の厚東川にかかる末信橋を渡り、道なりに進むと、登山口案内の看板が出てきます。

(橋を渡って左折し道なりに進む)
(カーブの右側に看板がある)
(看板が指す方向 この先にも看板がある)
(ここを右折する)
(この細い道を入っていく)
(この先に登山口がある)

バイクなので、看板に従って行けるところまで行こうとしましたが、バイクすら停める所が無く、引き返して末信橋の所にバイクを停めて、登ることにしました。

(末信橋 ここにバイクを停めた)

「登山口に柵が…」

鹿かイノシシが出るのか? 柵がしてありました。その先に看板があったので、ここで間違いは無さそうです。さて、この柵どうやって開けるの? 1分ほど悩んで、留め金が掛けてあるのに気付き、これを外して扉を開けて入れました。

(この留め金が脱着可能)

前日は雨でしたので、地面は濡れていましたが、水溜まり等はなく、歩くには問題無さそうです。

(柵の先に看板があります)

登山道には、目印のテープが多く取り付けられていました。それなりに登山客は来るようです。

「城跡が幾つかあります」

霜降岳には、山頂付近の本城を始めとし、前城、中ノ城、後城の各城跡があるようです。この内、展望があるのは前城と中城となっています。標高も低い山なので、これらの城跡を見て回ることが可能です。

登山口から少し入ると右手は竹林になります。歩いてしばらく行くと、中ノ城~本城に行くコースと、まっすぐ本城に行くコースに分かれます。私は景色を求めて、中ノ城の方に行きました。

(左に登る道が中ノ城)

「シダがいっぱいだった」

この登山道は、シダがたくさん生えています。

私、なんとなくシダの葉っぱの形が好きではなく… 登山道を覆うように生えている箇所が結構あり、前日の雨か夜露に濡れていて、ズボンが濡れました… まあ想定内ですが。

いつも山登りをしていて、蜘蛛の糸が顔に絡むのがうっとおしいなあと思っています。あれって、その日の最初に歩く人が、蜘蛛の糸を払いながら歩くので、複数名の場合、後ろの人はあまり被害を被らないのですが… なんか便利グッズないかなあ?

「中ノ城手前の景色」

この山は景色展望にはあまり恵まれていません。このルートの場合、中ノ城手前に一部開けている所があります。ここにちょうど大きな岩があり、この上に登って景色が見れます。

(この岩の上に立って景色が見れる)

「中ノ城跡」

看板があります。他には特に名残のようなものも無く… ガイドブックには、ここから展望が開ける とあるのですが… 木が生い茂っていて景色は見れないですね。

ここから、少しだけ下って、本城のある山頂に向かいます。

(あの頂が山頂)

「本城までの道」

少し傾斜がきつい所がありますが、それほど難路ではありません。

ただ、前日が雨だと滑りやすい箇所があります。また落ち葉が多くて、落ち葉で滑りそうな所もあります。それにしてもシダが多いなあ…

本城の手前で、前城側から登ってくる道と合流します。ここは分岐が分かり難く看板もありません。目印のテープが幾つか取り付けてあるので、注意深く見れば発見可能です。

「本城―山頂」

本城跡にも説明看板があります。名残は特になさそうですね。

本城跡が山頂になっています。三角点はありますが、ガイドブックの説明通り、展望は無く、ベンチ等もありません。せっかくの山頂なのですが、ゆっくり一休みしたいなあ という雰囲気にはなりませんでした。

「中ノ城へ下山」

実はガイドブックを良く読んでなくて、前城に行くのを忘れていました… せっかくだから少し足を延ばして行けばよかった…

前城のことが頭に無かったので、往路と同じ道を下りました。

途中の、景色の見える、中ノ城を少し下った所の岩の上で少し休憩して景色を見ていました。

「スリップ0回!」

雨上がりの道だったので、下山時には数回尻もちを覚悟していましたが、今回は尻もちをつきませんでした。体重が少し軽くなったからかなあ。良かった良かった!

「山の感想」

ガイドブックの説明タイトルは、「中世の名城、今は荒れ」と、少し寂しい題名になっています。補足説明にも「今では地元の人たちもあまり登らない様で、山頂の展望はなく、あれ傾向の山である。」と書かれています。まあ、私の本は95年の初版本にて、時間が経過していますが、概ねそんな感じの山でした。

(麓の民家の庭先の花)

歴史好きの方は史実を頭に浮かべながら登るのは楽しいのかも。私は正直、少々見どころに欠ける山かなあと思いました… とは言え、「登らなければよかった」という山は今まで無く、逆にそういう印象を持った山の方が記憶に残ったりもします。

(ちょうど田植えの季節でした)

「準提山(177m) 下関市長府」

家の近所に、準提山(じゅんていさん)という小さな山があるのを見つけました! 近くに住んでいながら、全くこの山の事を知らなかったので、嬉しい発見でした!

景色も良さそうにて、たまには趣向を変え、裏山的な山に、のんびり出かけてみることとしました。

「山までのアクセス」

今回は、家から登山口まで10kmです。山の標高が低いので体力的には楽なこともあり、登山口までの往復の道、自転車を使うことにしました。

自転車も、ただのシティサイクルです。ロードバイクではありません。これでのんびり出かけます。

靴は… 登山靴だと自転車がこぎにくいので、買ってから殆ど使っていない、ニューバランスのトレイルランニングシューズがあったので、これを使います。

(逆光ですが、中央辺りの山が準提山)
(ちょうど田植えの時期ですね)

「グーグルマップ」

ネットの情報では、この山の登山口は、長府にある覚苑寺(かくおんじ)というお寺との事なのですが、グーグルマップで調べてみると、山頂を挟んで、お寺と反対側から上るように地図が表示されます。とりあえず、グーグルマップの示した登山口辺りまで行ってみました。

民家の脇から入った所辺りに登山口があるようなのですが… 日曜の朝から人の家の裏をうろうろしていたら、怪しい人と思われそうなので、ぐるっと回ってお寺側から上ることにしよう…

(正面の家の左側に登山口がある?)

「峠越え」

小さな山なので、反対側の麓に行くのも、それほど遠くありません。ただ細い峠道になっているので、自転車をこいで上るのは無理でした… 途中から自転車を押して峠まで歩きました。

峠を越えると楽ちん下り道! なのですが、そういえばお寺(覚苑時)はどこだろう… 坂道を下りた辺りで左に細い道を入ると、ちょうどそこに目指すお寺がありました。

(峠道を上る)

「登山口(覚苑寺)」

この辺りは城下町長府の町並みの場所で、功山寺というお寺が有名です。覚苑寺には初めて来たのですが、まあ風情のある素敵な場所だと思います。

ここは毛利家の墓があるお寺です(長府藩主毛利家墓所と書かれてありました)。

このお寺に来れただけでも、来た甲斐がありましたね。裏側から登らなくて正解でした。

「毎日登山の地元の方」

お寺の境内に自転車を押しながら入って、登山口どこかなあと思いながら写真を撮っていたら、年配の女性の方に声を掛けられました。

「このお寺から山に登れるはずなのですが?」と聞いてみると、女性の方も今から登るとのことなので、案内してくれる事となりました。

聞くと、健康のため毎日登っているとの事。毎日登山の方が何人もおられるようです。

(境内の中にお墓がある)
(この先が登山道))

「頂上までの登山道」

整備されていて歩きやすく、急登の場所はありません。町の裏山なので、植林ではなさそうで、木々の雰囲気も良い感じです。

麓の案内板に、登山道に33の観音像が配置されていると書かれており、道の脇に幾つもの観音像を見ながら歩きます。

登山道の途中で毎日登山の男性の方がおられ、女性と顔見知りだったので、途中からは3人で歩きました。結局、ずっと喋りながら登りましたので、登山道を堪能するというよりは、もっぱらおしゃべり三昧で頂上まで登ってしまいました…

(条件が良ければ由布岳が見えるらしい)

登山口からは30分かからないくらいだったと思います。標高も177mだし、でも小さくても山は山って思える山です。

(このお二人が山頂まで案内してくれました)

「山頂」

地元の人が手入れをされているのがしっかり分かる山頂です。手作りのベンチも幾つも置いてあり、山頂を示す看板も立派なものが作られています。

山頂には、毎日登山の男性が二人いました。その男性の方が、「反対側に少し下りたら岩があって、そこからの景色も綺麗だよ」と教えてくれました。

山頂まで連れてきてくれた女性の方が案内してくれました。

「岩場」

ダイブしたくなるような岩がありました。ここからの景色も良いなあ…

(本当にダイブしたくなるような岩)

この岩場からは、一の宮~山陰側の景色が見れます。

「山頂からの景色」

低山の景色の魅力は、町並みと、車や人が動いているのが見えるところだと思います。

山頂から長府~小野田方面(瀬戸内海側)の景色が見れます。

この日は天気は晴れでしたが、霞が出ており、すっきりしない景色でした。条件が良ければ、登山道の途中から南側に由布岳が見えるとのことでした。

私は山頂で1時間くらい、のんびりしていました。

私と一緒に登った二名の方と、山頂に先に登られていた二名の計4名の方は、先に下山されました。その後、二人の方が山頂まで登って来られました。

(四王司山)

「下山」

登りはおしゃべりに夢中だったので、下山時に観音像を見ながら下りました。

「自転車について」

しばらく前に、病院に行くのに片道6~7kmの道を自転車で行ったのですが、帰宅する頃には体力的にヘロヘロでした… 会社まで往復徒歩で通勤し、週に1、2回は5kmほど走って、スクワットもしていたのですが、自転車はまた別なんですね… もうあまりの体力の無さに愕然としました。

(境内にあるお堂)
(乃木将軍の象)

以来、機会を作っては自転車に乗るようにしています。今回は往復20kmでしたが、帰宅後もヘロヘロにはならず、少しは体力的にマシにはなったようです。でも、体力は維持しなければ、あっという間に無くなる…

「ニューバランスの靴…」

下山時に気付いたのですが、靴のソールが剥がれた… お~い、殆ど履いてないぞー! 買ってしばらく置いていたから経年劣化? ただの不良品でしょうなあ、これは。

「ライセンスフリー無線 崩平山」

5月4日は、ライセンスフリー無線のイベントの日です。

(ゴールデンウイーク一斉オンエアデイ 5/3 21:00~5/4 15:00)

この日に合わせて、山登りに行きました。山行内容については、「崩平山(1288m)」のページに書かせてもらいました。

(崩平山山頂 1288m)

「ライセンスフリー無線」

その名の通り、免許不要な無線機の事ですが、アマチュア無線のように趣味として、不特定の相手との交信を行う無線局の事を指します。まあ無線家の皆様には釈迦に説法ですね。

国内では免許不要な無線機(トランシーバー)は4種類あります(玩具を除く)。

 (1) CB無線機 出力 0.5W

 (2) 特定小電力トランシーバー 出力 0.01W

 (3) デジタル簡易無線 5W

 (4) デジタル小電力コミュニティ無線 0.5W

(パーソナル無線 というのもあるが、殆ど使用されていない)

私の所有している無線機は、(1)と(2)の無線機です。

(2)~(4)の無線機は、業務用としても使われていますが、(1)の無線機は、殆ど趣味的にしか使われていない無線機で、無線人口も少ないのが現状。

出力も小さいので交信範囲も狭く、交信相手になかなか出会うことが難しい…

なので、イベントの日を決めて、皆でその時間、一斉に交信することで、交信確率を上げるのが、イベントの目的となります。

(せっかくですので、ライセンスフリー無線について、少し紹介してみました。)

(特定小電力無線機(私の所有品))

「CB無線交信状況」

山頂に9時20分頃到着し、それから無線機を準備しました。

8chに合わせ、傍受していると、ものすごく遠くでヤマグチ局が話していましたが、聞き取れませんでした。その後、しばらくしてCQ呼び出しがかかったので応答、交信が成立しました。

交信終了後、すぐに別の局が当局を呼び出しましたので、これに応答、聞けばさきほど交信した局と一緒に開局しているとのことでした。

いずれも山口県光市の局です。

その後、6ch、5ch、3chにてこちらからCQにて呼び出しましたが、応答はありませんでした。

しばらく8chを傍受していると、大分の局がCQ呼び出しをされたので、応答しましたが、取ってもらえませんでした。即答できず、少し間が開いたためだと思います。

(私はCB無線機を2台持っています)

「交信結果」

(交信成立)

  • 9:27 ヤマグチST702局 山口県光市 相手局レポート5-4 当局レポート メリット5
  • 9:30 ヤマグチKT244局 山口県光市 相手局レポート5-4 当局レポート メリット5

交信頂いた局長さん、交信ありがとうございました。

(聞こえた局)

  • 大分CR208局 9:38 音声より、かなり近い位置だったと思うが…
(交信距離 107km)

「アマチュア無線」

アマチュア無線機も持参し、2m(144MHz)の呼び出しチャンネルを聞いていましたが、山頂に居る間、CQは一度も聞こえませんでした。標高は1,000mを超えており、それなりの局の呼び出しが聞こえても良さそうなのですが… 自宅からはコロナの影響は無さそうだし、無線人口の減少なのかなあ? たまたまかなあ。

(アマチュア無線 ハンディ機)

「編集後記」

さすがに、コロナの影響なのか、局数が少ない様に思いました。季節的にも暑くも無く寒くもないのですが、そう言えば前日雨だったしなあ。

やまなみハイウエイも観光地も人は少なく、耶馬渓の一部に観光客と車がありましたが、高速道路も車が少ない状況でした。

なので、交信局数が少ない事の方が、ちゃんと家に居るということで、良い事なんだと思います。(まあ、私はノコノコ出かけておりますが…)

でも、空振り(ぼうず)ではなく、交信出来たのは正直嬉しい。

(子供の頃の玩具トランシーバー遊びがルーツ)

「崩平山(くえんひらやま)1288m 大分県九重町」

今回は、大分県九重町にある崩平山に登りました。

当初は5月の花のシーズンにて、シャクナゲが咲いている山に行こうかと考えていたのですが、前日まで雨降りの天候だったので、登山道が歩きやすい山と思われる、この山に行先を変更しました。

この山は山頂にTVアンテナ塔が立っているとのこと。このため景色に恵まれているのと、アンテナ塔設置のための荷揚げの道がある=道が歩きやすいと予想しました。

「山までのアクセス」

今回は、片道130kmほどなので、往路は一般道で行くことにしました。

前回から、すっかり旅の友? となったGoogle Mapナビで、「高速不使用」にて出てきたルートで行きました。目的地は、やまなみハイウエイの朝日台展望台(レストハウス)です。崩平山は、朝日台展望台に駐車して登ることになります。

Google Mapナビは高性能ですが、欠点の1つが、道を外れても何も言わない事… 前回までスマホをサイドブレーキ辺りに置いて、音声ナビだけで運転していたので、道を外しても分からない事があったので、今回はスマホホルダを購入して設置し、画面が見えるようにしました。

車には後付けで設置した安いカーナビを取り付けていますが、選ぶルートの精度は、もう全くGoogleにはかないませんね… というかGoogleの選ぶ道、「こんな行き方があるのか!」と感動ものです。

アクセスは、関門トンネルをくぐり国道10号線沿いに下り、中津から耶馬渓を抜けて、玖珠を通って行くルートです。予定では3時間と少しでしたが、少し早め(7:40)に朝日台に到着しました。

(google map様様)

「レストハウスが…」

別府と阿蘇をつなぐやまなみハイウエイは、九州では屈指の観光道路です。ここにある朝日台展望台にはレストハウスがあり、ドライブインが数件ありました。私も友人との久住参考やドライブ、家族旅行で何度も立ち寄りました。

ここからの久住の山並みは、本当にいい景色です。

ドライブイン自体はふつうのドライブインですが、何故か? 下関川棚温泉名物の瓦そばが、ここでもメニューにありました。

この思い出深いレストハウスなのですが、今回出かけてみてびっくり! なんとお店の営業をやめていました… 寂しい限りです… (すみません… 登山とは関係ない話なのですが、ちょっと驚きましたので)

(レストハウス… 営業止めていた)

「農道から林道へ」

朝日台から別府方面に数十メートル歩くと右に曲がる農道があり、これを行くとすぐに再度右に曲がり、朝日台のすぐ裏を通る農道に入ります。朝日台レストハウスの裏を通って農道を進むと… えっ! ゲートが閉まってる! もう進めないの?

いやーどうしよう? よく見るとゲートの端は細いロープで結わえてあり、これをほどいてゲートを開くと入れました。ロープを元通り結わえてから、さらに進むと、次のゲートがあり、ここに「千町無田林道」の案内があります。さきほどと同様、ゲートのロープをほどいてゲートを開けて、林道に進みます。

(別府方面に数十m行くと右に曲がる道あり)
(右折後、さらにすぐに右折し農道へ)
(農道を進むとすぐにゲート…)
(ロープをほどき、少しゲートを開けて中へ)
(2つ目のゲートがあり、ここから林道)

「林道を登山口へ」

林道は舗装路-砂利道ですが、車も通れる道なので歩きやすく、林の中を緩やかに高度を上げていきます。新緑の時期なので新緑が綺麗です! ただ残念なのが天候があまり良くない… まあ雨が降らないだけマシですね。

林道を進むと、まずチェーンが張られ施錠されたゲートがあります。まあ歩行者なので、またいで通過します。

さらに進むと、少し本格的なゲートが現われます。右側に脇道があり、どうやらここが登山道と林道の分かれ道のようです。ここが登山口?

(しばし林道歩き)

(しばらく行くとチェーンの施錠ゲート)
(新緑の中を歩く)
(次のゲートと右への分岐)

「登山口から」

林道の分かれ道を右に入ると、小さな手書きの案内板があります。これが無ければ、ちょっと迷うなあ…

(手書きの小さな登山口案内板)

登山道は道幅1.5m前後の道が山頂まで続きます。

この山は山頂にアンテナ塔があるので、林道が山頂まで続いていると思っていましたが、違いました。山頂へは、この1.5m幅の、くりぬかれたような道が続いています。

さすがにこの道では、車は走れそうにない… その昔、アンテナ塔を建てるために、どうやって荷揚げしたのかなあ? 小さめのキャタピラーの荷揚げ車みたいなのがあって、それで荷揚げしたのかも… あるきながら想像が膨らみます。

新緑の頃なので、綺麗な新緑がずっと続きます。良い景色です。でも天候がいまいちなので、画像的には良い写真が撮れていない…

(道幅はずっと同じ)
(綺麗な新緑)

「植生」

林道に入ると、杉林と雑木林が交互に現れ、雑木林が多くなります。

山頂手前になると、熊笹が現われます。

杉林では新緑は味わえず、この山は雑木林が多く、新緑が堪能できます。

「九重の黒土」

山行への下準備でネットで情報収取している際、九重山域は黒っぽい土が多いと書いてありました。この土は黒っぽい色で滑りやすい特徴があります。

確かに、九重山域も黒岳や大船山の辺りは、黒っぽい土だったような…

この崩平山も黒土の部分が多いですね。ずっと黒い土が続くわけではなく、土色の地肌の部分も混じります。そしてこの黒土、雨の後は滑りやすいですね。でも前日まで雨でしたが、水は捌けており、道が悪いということはありませんでした。

(確かに黒土が多い)

「赤いコガネムシ」

赤いコガネムシが地面を歩いていました。私は初めて見ました。

帰宅後に調べたら、「オオセンチコガネ」というコガネムシでした。

(オオセンチコガネ)

「いざ、山頂へ」

山頂までの道は、単調ではないけれども大きな緩急もなく、リズムよく山頂まで登れます。

山頂直前より植生がススキ、熊笹に代わり、すぐに山頂となります。

アンテナ塔が5~6本立っています。なので山頂は開けており、山頂を示す看板もあります。

あいにくの天候なので、残念ながら景色には恵まれず… ここは晴れていたら、九重山群の景色が最高だっただろうなあ… まあ仕方ない。

(ガスで山並みがおぼろげ…)

山頂からの景色は360度とまでは行きませんが、久住山方面は良く見えるはずです。ガスがかかっていましたが、山影はしっかり見えました。あ~あ、もう少し晴れて欲しかったなあ…

山頂からはライセンスフリー無線機で少し時間を費やしてから、下山の途につきました。

「花は少ないのかも」

この山は、それほど花景色には恵まれていない様で、木に咲く花は、山頂付近に桜の木が1本ありましたが、他には見つけられませんでした。

私は山歩きしていて、花が咲いているのを見るのは大好きですが、花の名前までは覚えられず… 花の名前は良く分かりません。

木に咲く花が無かった代わりに、地面にひっそり咲いている花に目を向けると、意外と幾つかの花が見つけられました。気付かなければ踏んでしまうような花ですが、近づいてよく見ると、高山植物に通じる可憐さがあるような気がします。

「下山」

下山は元の道を下ります。歩きやすい道なので、変化は比較的少ないのですが、新緑は堪能できました。個人的には紅葉よりも新緑の頃の山が好きです。

「崩平山について」

朝日台から山頂まで、私の足では65分でした。

恐らく登山客は少ないと思われ、標識等も少なかったです。ただ道は分かりやすいので、迷うことは無いと思います。

ただ、Yamap、ヤマレコのスマホアプリでは、この山は収載されていませんでした。Yamapはかなりの収載数を誇りますが、残念ながら収載されておらず、登山客が少ない事が窺われます。

でも、晴れていれば山頂からの九重の山並みは、かなり期待できる山です。秋頃に登るのが良さそうですね。

(イノシシのヌタ場と思われる)

「ガイドブックとの差異」

いつもの通り、文県登山ガイド「大分県の山」で行先を選んだ山です。

私の本は、99年第5刷にて、もう20年以上前に発行された本なので、若干情報が異なっています。

ガイドブックには、千町無田林道の途中、ゲートまで車で上がれると記載されています。私は最初から朝日台から歩く予定だったので支障ありませんでしたが、朝日台から農道に入るとすぐにゲートがあり、車は入れません。まあ、細いロープで結んであるだけなので、ほどいてゲートを開ければ、ガイドブックの通り林道途中までは車で上がれますが、朝日台の無料駐車場から歩いても大した時間はかからないので、朝日台に車を停めてから登ることをお勧め致します。

「そしてコロナ禍…」

本日現在(20.5.4)、コロナ禍の真っ最中にて、非常事態宣言が出されています。5月末まで宣言が延長される模様。

外出自粛が叫ばれている中、山登りも自粛すべきという論調と、山登りは問題無いのではという意見もあります。

私は、人と出会わないマイナーな山なら問題無いという考えですが、意見の1つに、山行に伴うケガで、医療に不要な負担を掛けるのは避けるべきであるというものがありました。確かに、この意見は傾聴すべきものです。

コロナは長期戦と予想している私は、注意力を持続させるためにも、息抜きや運動が大事とも思っており、人と会わない山行は続ける予定ですが、配慮すべき点として、ケガをして医療機関に負担を掛けない事を念頭に置くことにしました。なので、歩きやすい道、転倒リスクの少ない山を選んで登ろうと思います。

今回の山行は、狙い通り歩きやすい道で、山行中、誰一人会いませんでした。下山中、小枝を踏んで足を取られ、尻もちを1回つきましたが、歩くのが下手な私は、下山中数回、尻もちをつくのが普通なので、全く問題無し。

早くコロナが終息しますように…

「久住山は遠かった…」

私の個人的な思い出で恐縮ですが…

前回、小学生時代の山登り遠足の話を書いた時に、中学性の頃の出来事が思い出されましたので、ついでに書こうかと…

「久住山登山訓練」

“久住山登山訓練”だったかどうか、正確なイベント名は覚えていませんが、中学生の頃、久住山に登るイベントが夏休みにあり、参加者を募集していました。

確か中学2年の時の話だったように思います。

当時、部活も何もしていなかった暇人の私は、是非行ってみたいなあと思い、参加することにしました。もう大昔の話なので、主催者とか良く分からないのですが、学校からの案内でしたので、学校関係者がバス等で引率されるような行事だったと思います。

一泊二日の行事予定だったように記憶しています。

「久住山について」

私の家は、家族で山登り等に行くようなことはなかったので、遠足以外の山登り経験は、当時の私にはありません。

久住山がどういう山かもよく知らず、ただ大分県にあることは知っていました。

小学生か中学生の頃、クラスメートで「家族で久住に行った」等の話は聞いたことがあり、そう言えば「富士山に家族で登った」とか言うクラスメートも居たような気がする。

恐らく、「家族ででかける」=楽しい所? と言う風に、私の頭の中では想像していたのかも知れません。

今となっては、中学生の頃の私がなぜ、久住山登山に申し込んだのか? 良く分かりませんが、まあシンプルに「何となく楽しそう」とでも思っていたのでしょうね…

「持って行くもの」

中学生の遠足にて、家にあったナップサック以外に、服は体操着、靴は運動靴、水筒や宿泊に必要なもの、飯盒はありましたが、恐らく以外に、雨具、懐中電灯等、幾つかは買わないといけないものがあったように思います。

「準備不足で母親の逆鱗に触れ…」

今思えば、私は親に、「〇〇を買ってくれ」とねだるのが、なぜかイヤでした。

それがあだとなったのか、単に準備するのが遅かったのか…

久住山に行くに際し、必要なものが準備出来ていなかったので、母親に「〇〇が無い」ということを言うと、「分かった」との返事。

後日、他に足りないものがあったので「〇〇も無い」と言うと、母親が怒り出し「直前になって、あんた何言いよるとね! そげな準備も出来んで、山登りなんか行かんでよか!」と言われ… そのまま母親は電話で久住行きをキャンセルしてしまいました…

中学生の頃は、日常生活にイベントの少ない頃だったので、結構楽しみにしていた久住登山でしたが… 行けなくなってしまいました… 相当残念だったことを覚えています。

後日、参加した同級生の話を聞きながら、行けなかったことが悔しかったなあ。

「自分が親となってみて」

そもそも私の子は山登りに行こうと誘っても行かないので、同じシチュエーションに親の立場としてなることはありませんが、もし同じ状況だったら、やっぱり母親と同じことを言ったと思います。

母親は山登りをしないので、「準備不足で山登りに行くのは危険」という認識ではなく、それ以前に「準備も出来ずに行動するな!」という教育をしたかったのだろうと思います。ただ、結局の所その考えは、山登りにはとても大事な事なんですよね…

今となっては懐かしい思い出です。

「憧れの久住山?」

ルートにもよりますが、牧ノ戸峠からの登山の場合、久住山はそれほど難易度の高い山ではありません。それなりの体力があれば、誰でも登れます。

私は社会人となり山登りを始めてから、最初は近所の里山に登り、少し経験を積んでから久住山に行きました。徐々にステップアップしたという所でしょうか。まあ家から久住山は少し離れていたこともあります。

最初に久住山に登った時は、山頂からの景色の雄大さに感動したのを覚えています。

なんてったって九州では名峰ですからね。

その時は6人での登山でしたので、ワイワイガヤガヤで登りましたので、自分が中学生の頃に登り損ねた事は思い出すこともありませんでしたが、30歳を過ぎて、ようやく久住山長に立てたんだなあ… 中学生の自分に見せてやりたかったなあ。

「山道具について その2」

久しぶりに情報収集も兼ねて、山に関する書籍を読んでみました。

「体験的山道具考(プロが教える使いこなしのコツ)」ヤマケイ新書 笹原芳樹

2014年初版発行にて、比較的新しい情報が得られます。この本の中から参考になった内容を紹介、あるいは自分の経験を踏まえた事を書きたいと思います。


「高機能タオル」

本を読むまで、こういうものがあるとは知りませんでした。私はいつも、店の名前等が書いてある、もらいもののタオルを使っています。タオルは高価なものより、少し薄手くらいの、安いタオルで、且つ使いこなしたタオルの方が使い勝手が良いと感じています。かさばらないためパッキングしやすく水が絞りやすく、吸水性も良いからです。

まあ、タオルをわざわざ購入してまで… というのが正直な所。まあ筆者も同様の考えだったようです。「パックタオル(カスケードデザイン)」という商品は、綿の2倍の吸水性を持ち、絞っただけで90%の水を放出する優れもののようです。少し「使ってみようかなあ」という気にもなりました。(実際に買うかどうかは…)


あと、風呂用のタオルとして、「もってこタオル(今治・オリム製)」というものがあり、こちらの方は通常のタオルの半分ほどの大きさで、泡立ちよく、絞りやすく身体も拭きやすいと紹介されています。


他、「ファイントラックナノタオル」というタオルは繊維が細く、濡らして首に巻いておくと気化熱により冷却効果があるようです。


「「タオルはわざわざ買うものでは無い」と考えているあなた、ぜひお試しあれ!」

さて、どうしたものか?

「チタンコッヘルは使いにくい」

山道具、チタン製品は軽くて丈夫で憧れていたのですが、唯一持っているのはシェラカップのみ。アルミ製の倍以上の価格ゆえ、なかなか購入しようとまでは思わない。

知らなかったのですが、チタンは材質的に熱伝導が悪く、且つ山道具ゆえ薄く作られているので、バーナーの熱がコッヘル全体に伝わりにくく、部分的に加熱されるため、炒め物等の料理はし難いらしい。

水を加熱するには問題無いので、湯を沸かす、水の入った料理をするのであれば問題無いが、料理にこだわる人には向かないと書かれていました。

うん、アルミで良いや。

(私はアルミ製が一番使いやすい)

「応急ギブス君」

例えば腕を骨折した際に、厚手のビニール製で袋状になっている、この応急ギブス君の中に手を入れて、空気入れで加圧することで腕を固定できるものです。

また、エア枕としても使えます。

この道具も知りませんでした。役に立ちそうな道具なのですが、単独行の場合は荷物になるので、持参しないだろうなあ…

ただ、複数名で行く場合は、メンバーに1つあると、いざという時に使えそうですね。若いころ、複数で北アルプス等に登っていた時に知っていれば、迷わず持参したと思います。


「レスキューシート」

レスキューシート、最近では100円ショップにも販売されています。小さくて軽いので、緊急用にザックに1つ入れておくと良いですよ。

さて、レスキューシートにも種類があり、銀色と金色のものがあるそうです。知りませんでした。この2つは用途が違うそうで、銀色は熱や光を反射するので、炎天下では銀色面を外側にして被ります。金色は、熱や光を吸収するそうです。通常、金色の裏側は銀色で、熱や光を吸収し、体温は銀色面で反射して体温低下を防ぐ。

レスキューシートは広げたら最後、元の大きさには畳めません。

但し、ずっと使わずに置いておくと、今後は蒸着同士がくっついて、広げた時に破れる場合があるそうです… 私のレスキューシートも年代物ゆえ、買い替えた方が賢明ですね。

(20年前に購入したレスキューシート 未だ山に持参中)

「雷 ラジオ」

山に登っている時に天候が崩れ、落雷が来ると、そりゃもう恐ろしいです。

ご存知の方も多いと思いますが、この雷が近づいていることを感知する方法として、AMラジオがあります。

AMラジオは雷が近くで発生するとノイズが入るので、雷検知器となります。これはソニーのHPにも記載があります。

AMラジオの雷検知は、かなり遠方の雷も検知するようです。雷の音が聞こえている状態では、雷は10~20km以内に近付いているとのこと。

(AMですよ! FMではありません)

「高度計は狂います」

今はスマホ全盛で、標高についても、スマホのGPS 地図ソフトで分かるようで、高度計を持参する方は少数派だと思います。

私は昔購入したカシオの腕時計 プロトレックに高度計機能が付いているので、購入当時は使用していました。(最近はそこまで高い山に登る機会が少なく、高度を把握する必要性が無くなったなあ…)

さて、高度計を知らない方のために。高度計=気圧計です。気圧の変化を高度に換算しています。気圧は天候により変わるので、高度計の数値は目安です。一般的には高度が分かっている地点で、高度計の数字を補正して使うことが多かったようです。また天候が途中で大きく変わっても、気圧計≒高度計の数字は変わります。

(今でも使っているPROTRECK)

「必需品 ヘッドライトと雨具」

これは、別の記事にも書きましたが、どんな山登りでも、お気楽山登りでも、ザックにはヘッドライトと雨具は入れておきましょう。

万が一のための備えです。急な天候変化、道迷い遭難時の夜を過ごすためのものです。

念のための道具なんて、使わないで済むならそれに越したことはないし、基本使わないから、ムダと言えばムダですが… それでも持って行くことを強くお勧めします。

私もそれなりに山登りに行きましたが、一度もトラブルでこれらの道具を使ったことはありません。でも必ず持って行きます。いざという時のためにです。

「日焼け止め」

40歳も過ぎてくると、日焼けすると辛くなります…

地方の里山の場合、樹林帯を歩くことが多いので、それほど日焼けすることは無いのですが、例えば九州であれば久住山なんかは殆ど樹林が無い場合があります。こういう場合は、かなり日焼けします、特に首筋。

悪い事は言いません、日焼けが予想される場合には、歩き始める前に日焼け止めを塗っておきましょう。それだけで下山後の疲れが大きく変わりますので。

「リペアテープ」

雨具類が破れた場合、破損部位が小さい場合には、その部分を覆うように貼り付けられるリペアテープというのがあります。

小さな破損であれば、このテープを貼るだけで補修可能です。テープの角が角ばっている場合には、ハサミで丸くしておいた方が引っ掛かりにくく剥がれ難くなります。

ただ、このリペアテープはそれほど粘着力が強くないので、ハードな使用には耐えれませんのでご留意ください。

また、雨具の色と同じテープが無い場合が多く、色の種類も限られますので、補修箇所は目立ちます。


「インナーザック、スタッフバック」

ザックの雨避けとして、ザックカバーは持っておられる方も多いと思います。

同様に荷物の雨避けとして、ザックの中に入れる防水生地の袋状のものがあります。インナーザックと呼ばれるもので、これも荷物の雨濡れを防ぐ商品です。ザックの口がドローコードで閉めるタイプの場合、内側にもう一つ袋があって、その口を閉めるように使うというイメージでしょうか。こちらの方が防水性が高いのかも知れません。

スタッフバックもザックの中の整頓に活用されている方も多いと思います。スタッフバックは縫い目を目留めしていないので、完全防水ではありませんが、雨具と同じ防水素材で作られており、水濡れをある程度防いでくれます。


「完全防水袋」

これは、スマホ等の防水用に持参される事をお勧めします。通常スマートホンは水に弱く、水が浸水すると故障の原因となりますので。まあ簡易的にはポリ袋があれば何とかなります。

「ゴアテックスの種類」

ゴアテックスと一口に行っても、種類があるそうです。私も詳しくは知りませんでした。

まず、層の数が2層と3層があるそうです。

ゴアテックス生地は、表地と裏地の間にゴアテックスメンブレンをラミネートしています。

3層のゴアテックスは、ゴアテックスファブリクスの表地と裏地の両方に生地を貼り合わせたもの。

2層のゴアテックスは、ゴアテックスファブリックスの表地にのみ生地を貼り付けたものとなっています。3層の方が丈夫です。2層は薄い分、しなやかという特徴があります。

また、機能性の面よりも数種類のタイプがあるようです。

「ゴアテックス(R)プロダクト」スタンダード、一般的なゴアテックスです。

「ゴアテックス(R)Pro」は、スタンダードなゴアテックスよりも耐久性と透湿性が高いのが特徴。過酷な状況で使用する方におすすめ。

「ゴアテックス(R)Active」は特に透湿性に特化した、いかに汗が早く抜けるか、ということを一番重視した製品

ちなみに、「ゴアテックス(R)Infinium」という変わり種?もあるそうです。これは防水性は無く透湿性のみのタイプのようです。

実際には、さらにいろんな種類があるようで… まあ一般の人の山登りに使用する道具であれば、スタンダードなゴアテックスを選んでおけば良いのでは? と思います。種類ばかり増えて分かり難いもの…(これはアシックスのジョギングシューズも同じですね…)

良く見るゴアテックスのラベル

「山登りへのいざない(原体験)」

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山登りは私が社会人になって始めました。学生の頃までは特に山登りには興味は無く、部活も山とは関係の無い事をしていました。

社会人となり、たまにバイクで出かける以外、特に趣味らしい趣味も無かった私は、時間をもてあましていたので、「何しようかなあ…」と思って始めたのが山登りです。

でも、何で山登りだったのだろう? 学生の頃、誘われて2回ほど山登りには行きましたが、それがきっかけということは無く… なぜ山登りだったのか? 恐らく小学校の頃の体験によるものかなあと考えています。

(幼いころの体験)

「通っていた小学校」

私は小学校を卒業するまで、北九州市八幡西区に住んでいました。

通っていた小学校は、北九州市八幡を見下ろす皿倉山の裾野にあり、小学校から見下ろす北側には北九州工業地帯、南側には里山等の自然がある環境でした。

この小学校からは、歩いて行ける範囲に、河頭山(213m)、花尾山(351m)、権現山(617m)、帆柱山(488m)、皿倉山(622m)があります。

「小学校の遠足」

この小学校の遠足が、これら近所の山登りでした。

私が通っていた昭和50年前後の遠足の行先です。

  • 1年生:河頭山(213m)
  • 2年生:鷹見神社(2年生だけは山登りではありません) 片道3.5km前後
  • 3年生:花尾山(351m)
  • 4年生:皿倉山(622m)の8合目にある公園
  • 5年生:帆柱山(488m) (※記憶では帆柱山なのですが、権現山だったかも…)
  • 6年生:皿倉山(622m)

もう、はるか昔の話なので、殆ど遠足の記憶は無いのですが、でも登った事だけは覚えています。

学年が上がるにつれて、遠足の目的地がステップアップしていく事が、なかなか良い教育だったのかなあと思います。子供心に、「6年生になったら皿倉山に登るんだ」という意識はあったように思います。

よく、難易度の高い課題を山に例えた表現がありますが、遠足という課題が学年毎に高い山になっていくというのは、悪くない。

私が今住んでいる所は、歩いて行ける範囲には里山が無いので、小学生の息子の遠足の行き先は里山登山ということはありません。

そういう意味でも、私が通っていた小学校は恵まれてる環境にあったと思います。

(遠足だあ!)

「家の裏山」

私が小学生の頃まで住んでいた所は、丘陵地を宅地造成して作った住宅地でした。

脱線しますが、昭和50年代には、空き地に土管が置いてあったり(ドラエモンの世界)、大きな重機が宅地造成やパイルドライバーで杭打ちする音がうるさかったり、住宅地の近くに養豚農家があったり、ダンプカーが走り回っていたりと、今とは違って騒々しい世界だったような気がします。

その住宅地は完全に造成されておらず、南側は丘陵地が残っていました。まあ端から端まで歩いても10分か15分くらいの狭い丘陵地ですが、雑木林だったので、登山道のような小路があり、恐らくここが最高地点と思われる場所があったり、木の上に板を釘で打ち付けて基地を作ったりと、ちょくちょく遊び場になっていました。山というほどの場所ではないのですが、擬似的な山道歩きの経験は、この裏山で遊んだ経験が最も多かったように思います。

狭い住宅地の中でも自治会が分かれているので、子供同士のつながりもいくつかのグループがあり、裏山の遊ぶテリトリーも縄張りのようなものがあったような無かったような… 今でも当時の風景を頭の中に思い描くことが出来るのですが、残念ながらこの裏山自体は、宅地造成が進み、今では跡形も無く住宅地になってしまいました…

思い出の場所が無くなるのは、やっぱり寂しかったりします…

(思い出の裏山も今はもう無く…)

「読書経験?」

読書からの影響は恐らく殆どないなあ… 山岳小説等を読むようになったのは、自分が山登りを始めて以降だし。

記憶にある、山が出てくる話は、高校生の頃の愛読書「生徒諸君(漫画です それも少女漫画)」の登場人物、沖田成利が大学生の頃、山岳部に所属し、最終的に冬の穂高で遭難死する話くらいかな… でもこの話に影響は受けていない。⇒受けていたら、大学生の時にワンゲルか山岳部に入っているはずだから。

なので、いわゆるメディアからの影響は全く受けていないです。

(高校時代の愛読書は生徒諸君)

「やっぱり原体験があったから」

社会人となって山登りを始めた理由は特に無いのですが、恐らく小学生の頃の経験から、親しみがあったからなのだろうと、自分なりには分析しています。

まあ、理由が大事とは思っていないのですが、ふと「なんでなの?」と思い、自分なりに記憶の糸をほどいてみると、幼いころの体験に結びつきます。

「編集後記」

せっかく小学校時代の思い出を書きましたので、少し調べてみました。

「河頭山(213m)」 北九州市八幡西区大字鳴水

  • 小さな山ですが、巨石がゴロゴロとたくさんあって、ボルダリングの紹介記事のあるHPが幾つかあります。
  • 私が小学生の頃、「河頭山には、昔強盗が住んでいたので、それが名前の由来になっている。」と説明を受けたような記憶があるのですが… ネットではそう書いてある記事は見つけられませんでした…
  • 小さな山なので、登山客も多くありませんが、気軽に登れる山でもあり、帆柱連山登山のついでに登られる方が結構いるようです。

「鷹見神社」 北九州市八幡西区市瀬

  • 市街地の外れにある神社で、参拝客はそれほど多くありませんが、うっそうとした杜の中にあり、とても雰囲気のある神社です。
  • 実は北九州市八幡西区、八幡東区には、“鷹見神社”、“高見神社”という名前の神社がたくさんあります。私も今回、この記事を書くのにネットで調べてみて、びっくりしました。なぜこんなに同じ名前の神社がたくさんあるのでしょうね? 調べてみると恐らく何らかの所以、由緒があると思います。ちょっと興味深かったりします。

「花尾山(351m)」 北九州市八幡西区大字熊手

  • 昔は山城があったようで、城跡が残っています。
  • 何故か、赤穂浪士47名のお墓があるとのこと。

「帆柱連山」

  • 花尾山、帆柱山、権現山、皿倉山の4山を総称して、“帆柱連山”と言うそうです。この中で最も知名度の高い山は、八幡の盟主 皿倉山なのですが、なぜか名称は帆柱となっています。この中で帆柱山は最も地味な山なのですが…
  • これら4つの山は縦走できるようです。標高はそれほど高くないので、1日で4つの山に登ることが出来ます。
  • 皿倉山はケーブルカーがあり、市民に親しまれている山ですが、山頂には昔、小さなスキー場があったようです。また山頂からの夜景は本当に絶景ですね! 私も大好きな景色の1つです。

「元越山(582m)」

(元越山山頂)

大分県佐伯市にある元越山に行きました(2020.4.11)。

前回は中国方面でしたので、今回は九州方面で行先を探し、大分県の山、最初は鹿嵐(かならせ)山に行く予定でしたが、ふと分県登山ガイド(大分県)の他の山を眺めていて、元越山(もとこえさん)のページを何気なく読んでいたら、「低山ながら展望の良さは大分県ではベストワン」と書かれてあるではないか!

えーっ! 久住を超える景色なのか? 国木田独歩の本「元越山に登る記」にも描写してあるらしい…(そもそも国木田独歩の著書を読んだことが無いのだが…)

そこまで言うのなら、「この目で確かめてやろうじゃないか」と思い立ち、この山に登ることにしました。

「行き当たりばったり?」

実は前日に天気を調べていて、大分方面の天気がいまいちだったので延期しようと考えていました。ところが夜9時頃に天気予報を見ると、午前中は晴れになっていました。「行けるかも」と思い、朝5時に起きて5時の気象情報を見てから決めることとし、寝ました。

朝5時に起きて天気予報を見たら、午前中は晴れの予想となっており、これは行くしかないと、そのまま出かけました。荷物はザックに入れっぱなしにて、バタバタと準備して5:30前には出発しました。何か、準備も適当な行き当たりばったり感が久しぶりだなあとか思いながら…

「色利登山口」

Google mapは、かなり辺鄙な所でも、検索でその場所がヒットしますので、地方の里山登山には結構使えるのが前回の登山で実感しました。

今回の元越山はネットでも結構情報があって、地元で愛されている山なのが窺われます。分県登山ガイドでは木立登山口からのルートが紹介されていましたが、Google mapで元越山を検索すると、色利登山口がヒットしましたので、色利登山口から登ることとしました。

自宅から登山口まで走行距離が200km前後、3時間のアクセスとなります(東九州道利用にて)。

東九州自動車道 佐伯堅田ICで下りて、色利登山口に向かいました。県道501号線からナビの指示で右折して細い道に入ると、地元の方が作られた登山口案内の標識があり、迷うことはありません。県道から登山口駐車場までは細い生活道路で舗装され、距離も無く、難なくアクセス可能です。

家を出て登山口駐車場についたのが、8時10分頃でした。

(駐車場は広く、小屋もあります)

「愛されている感たっぷり」

地元の登山愛好者の方に愛されている感たっぷりの山ですね。登山道には手作りの標識、道案内や木の名称札がかけてあります。一部風化しているものもありますが、道標はきちんと管理されているようで、道迷いポイントに設置されており、ほぼ道に迷うことはないはずです。また色利登山口からの登山道は展望スポットが幾つかあり、歩いていて飽きない。

駐車場を出た所に登山口への案内板
舗装路を上っていくとすぐに登山口がある
取り付きは階段が作ってある

「登山道について」

第一展望台からの景色

概して歩きやすい道です。ルート上歩きにくい場所はありません。急登となるような傾斜の場所も無く、若干の緩急もあり、ペースもつかみやすいです。

木の種類も表示がある やまもも
第二展望台
第二展望台からの景色

標高が低いので(582m)、楽勝だあ~ と思っていたのですが、登山口付近に示されていた津波にかかる標識で海抜高度は10mと記載されており…標高差570mの登山… いやいや決して楽勝ではないなあ。でも歩きやすい道なので気持ちよく歩けました。

要所にある道案内看板
尾根筋の路

木々もいろんな種類があり、私は種類等全く詳しくないのですが、杉と自然林が交互に現れるような感じで、見ていて飽きない。

第三展望所からの景色

途中の展望ポイントが5つあり、いいタイミングで出てきます。変化があり、登っていて楽しい路です。

第四展望台
第四展望台からの景色
木漏れ日の小径 洒落ている

「第四~第五展望台」

途中、ごく一部だけ林道を歩きます

途中で、空が開けてきたので「そろそろ山頂か!」と期待しましたが、違いました…

第五展望台からの景色

「第五展望台~山頂」

「登山時間」

歩き始めて、1時間40分前後で山頂につきました。

この日は山頂で昼食は食べず、ひたすら景色を見ていました。

「山頂からの景色」

360度視界が開けており、海も山も良く見えます。入り組んでいる海岸の景色が印象的で良かったです。

東方の展望
北方の展望)
西方の展望
南方の展望

この日は晴天でしたが雲量が多く、遠くの方は若干かすんでいました。四国の山並みもぼんやりと見えたのですが、もう少しはっきりと見えると良かったのになあ。

360度まるまる景色が見える山頂というのは、それほど多くなく、海に面しているので変化があり、良いですね。

何が良いって、この景色を独り占めですから! 自分以外誰もいない山頂って、悪くないですよ!

「下山」

道が良いのでテンポよく歩け、45分で下りました。この日は一度も尻もちをつくこともなく、順調に下りました。でも、やはり下山の方が脚に負担がかかるようですね。若いころは登りが苦手で下りが得意でしたが… 脚力の衰えなんでしょうねえ~

「登山後記」

登る前の期待、山頂からの絶景への期待が大きく、でも期待が大きいと要求度も上がるため、実際に満足できなかったりもします。意外に全く前情報が無く、何の期待もしていなかった山に発見があると、ちょっと嬉しかったりします。

今回の登山は、もう期待が大きく、実際の山頂からの景色は、正直に言うと「おおっ~!」と言うほどの景色ではありませんでした。但し、前述のように晴天でしたが雲量が多く、遠くはかすんでいました。これが空が快晴で真っ青、遠くまで視認できる状況だったら… と少々残念にも思いました。景色において空の青色は大事なんですね! 快晴の真っ青な青空の下であれば、ここの景色は期待通りのものを魅せてくれる、そう思いました。「期待感」が評価を下げる原因だっただけで、前情報なしにこの山に登っていたら、山頂からの景色は、もう笑いが止まらなかったと思います。

「コロナ禍(2020年4月時点)」

目下、非常事態宣言まで出され、大変な状況になっています。登山界においても、ネット上は自粛する様、注意喚起がされています。

非常事態宣言においては不要不急の外出、人混みを避ける事を要求されていますが、健康維持のための(人の少ない、感染機会の少ない場所での)散歩は推奨されています。

大事なことは、感染リスクを理解し、責任ある行動をとる事だと思います。

地方の里山、メジャーではない地元の里山については登山者数も少なく、感染リスクの少ない場所だと言えると思います。またコロナは時点で特効薬は無く、抵抗力、免疫力を維持、向上させるためにも運動は必要です。

今回の登山においては単独行にて、車は私一人、登山中、道ですれ違った方は男性1名、下山中は男女1組、男性3人組、男女1組、男性ソロ1名、男性ソロ1名、男女1組にて、計12名の方とすれ違いました。すれ違い時には立ち止まらずに挨拶は交わしましたので、感染リスクは皆無ではありませんが、問題になるレベルでも無いと考えます(マスク装着者は私も含め0人)。コロナウイルスの早期終息を願っていますが、現実は長期戦であろうと予想しています。体力維持、精神性の維持のためにも、リスクについて考え、今やれることをやろうと思います。

登山客の車

「蛇足」

前日のビールの影響か、なぜか歩き始めて途中からお腹が痛くなり…(腹んせく…)

やむを得ず、途中で雉撃ち…

久しぶりの雉撃ちで少々緊張しましたが、まあ誰も居なくて、鳥のさえずりが心地よかった! この山、野鳥が多いようです。30歳過ぎに山に良く行っていた頃は、雉撃ちもこなれたものでしたが、ブランクがあると…

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「ライセンスフリー無線 大神ガ岳にて」

大神ガ岳に登った日は、ライセンスフリー無線のイベント「春の一斉ON AIR DAY」でした。まあ、この日を選んで登頂したのですが、もう本当に久しぶりに、CB無線機で山頂からお空に出てみました。

「ロケーション」

山行内容について、先にブログに投稿しています。

大神ガ岳山頂:島根県益田市匹見町紙祖にある山です。

標高は1170m

山頂付近には少しだけ残雪も残っており… いやー寒かった! 前日から風が強く、山頂付近は遮るものも少なく、気温が低く風もあり… もう我慢しかないな…

「無線交信状況」

9時ころからお空に出ました。CQを数回呼びかけましたが応答無し… 

こういう時って、「誰もいないんだろうなあ」と思うのと、「もしかして、無線機の故障?」を疑います。

しばらくワッチしていた所、“くまもと”局が聞こえました。大分県の山に移動している局と、“メリット5”で交信できました。

(私のCB無線機にはSメーターが無いので、メリット評価となります)

くまもと局と更新後、くまもと局が、別の局と交信しているのが聞こえました。

その後、わずかに“ひろしま”のコールサインが聞こえましたが、取れませんでした。

以降、しばらく時間が空いてから、“やまぐち”のコールサインが聞こえ、交信出来ました。ギリギリ聞き取れるかどうかの声でしたが、なんとか交信成立しました。

寒さに耐えきれず、山頂に40分ほど滞在した後、下山しました。

「特定小電力」

特小も持参し、何度か呼び出しましたが… こちらの方は空振りでした。

「交信記録1」

  • 相手方:くまもとDH304
  • 時刻:2020.3.20 9:10
  • 相手の場所:大分県日田市釈迦岳中腹
  • 信号強度:相手方5-2  当方 メリット5
  • 直線距離:180km
(交信距離 180㎞前後)

「交信記録2」

  • 相手方:やまぐちKT716
  • 時刻:2020.3.20 9:35
  • 相手の場所:山口県周南市大津島たてがみ山
  • 信号強度:相手方 3-1  当方 メリット1
  • 直線距離:67km
(交信距離 67km前後)

「当局コールサイン」

やまぐちSA37

「雑感」

無線の面白さの一つに、電波の伝わり方が地形、位置により左右される所があります。

今回は2局と交信しましたが、遠くの大分県の方が良く電波が届いていました。恐らく、相手局の垂直位置、標高位置による差なのだと思いますが、周りの地形等にも左右されるようです。

今回交信出来たのは2局でしたが、空振りよりも全然いい! 久しぶりに交信出来て、良かったなあ…

交信頂いた各局さん、ありがとうございました!

acworksさんによるイラストACからのイラスト

「大神ガ岳(だいじんがだけ)」島根県益田市

昨年の秋にぎっくり腰となって以降、久しぶりに山登りに行きました。

今回は島根県益田市にある、「大神ガ岳(1170m)」に登りました。

「まず道が良く分からない…」

  • 行先を決めるのに、最初に見るのは、ヤマケイの「分県登山ガイド」。未だ登っていない山を探そうとすると、ちょっとアクセスが遠くなりますが、まあ交通量の少ない山間部の道を車で走るのも、ドライブと思えばそれもまた由しかな。
(私のガイド本は初版の古い本)
  • 今回は、島根県西部の大神ガ岳に行くことにしました。ブランクがあったので山頂までの所要時間が短い山だったのと、駐車スペースがあったので。
  • 「分県登山ガイド 島根県の山」の紹介記事、車でアクセスする場合の解説が結構雑で… それは置いておいて、登山口が林道にあるのですが、この林道がネット地図でなかなか探せず… Yahoo地図で「大神ガ岳」を検索してもヒットせず、次にGoogleマップで検索して、ヒットしました。山までの道が、なかなか見つけ出せず、把握するのに結構時間を要しました。
  • 今はナビで何処でも行けますが、やはり自分がどこの道を通っているのか? 位置関係はある程度は把握しておきたく、県道42号線から吉和に抜ける林道―三坂八郎線に入るというのを頭に入れました。登山口はこの林道にあります。
  • (山に登った翌日に、再度Yaoo地図で確認した所、「大神ガ岳」ではなく、「大神ヶ岳」であればヒットしました。ガとヶの違いなんて…)

「スマホナビ」

  • スマホにはY!カーナビアプリが入っています。またGoogle mapはAndroidの場合、最初からインストールされています。今回、Y!カーナビではルート検索は不可でしたが、Google mapの方は登山口までルートが出ましたので、Google mapナビ頼りで車で移動しました。
  • 車にも後付けのカーナビは載せていますが… 三坂八郎林道は地図上になく、当然ながら大神ガ岳では検索出来ず… もうナビもスマホの時代なんだなあと、しみじみと感じました。
  • 今回、初めてGoogle mapナビを使いましたが、何がすごいって、情報更新がリアルタイムに近いので、通行止め情報も得られます。今回も通る可能性のあった国道の一部区間が通行止めとなっていたのですが、これはGoogle mapナビ上で案内され、そういう情報が得られることに、少々驚きました。
  • ただ、Google mapナビがナビとして優れているか? と言えば、機能は最小限です。右左折をするルート変更予定箇所以外では、何も案内がありません。田舎の細い道を道なりに走っていて、Goole mapナビが、「その先でUターンして下さい」と言った時には「はあ~っ?」となり、とりあえずUターンして車を止めて確認したら、途中で右折する所を直進してしまっていたようです。カーナビなら教えてくれるのですが…
  • まあ、それでも田舎の里山の登山口までのアクセスに使えるのは、本当にありがたいですね。今後重宝しそうです。

「登山口までのアクセス」

  • 小郡まで高速を使い、そこからは国道9号線で津和野方面に向かい、ナビ頼りで登山口まで向かいます。
  • 国道488号線にある益田市匹見と、国道187号線にある吉賀町を県道42号線が結んでいます。この県道42号線の途中から、大神ガ岳登山口のある林道―三坂八郎線に入ります。この林道―三坂八郎線は吉和方面に抜ける道のようです。
  • 私は吉賀町の方から県道42号線に入りましたが、この道は途中で峠を越えるルートのため、くねくね道で道も細くなります。まあ殆ど車両が走っていないので、対向車との離合は殆どありませんでしたが、峠のあたりは走りにくいですね。
  • 県道42号線から林道―三坂八郎線への分岐は、ナビがあったので迷いませんでした。「吉和→」と書いた小さな看板が出ています。
(「吉和→」の小さな看板)
(林道に入ると林道であることを示す看板がある)
  • 林道に入れば、あとは一本道にて迷うことはありません。林道と言っても舗装されているので、砂利道よりは走りやすいのですが、この林道、ガードレールがあまり無く、山側にも溝がある所が多く、つまり細い道で左右脱輪の可能性があり、おまけに道は苔むしていて滑りやすく、タイヤをスリップさせたらアウトなので、ゆっくり走りました。
(ガードレール無く、山側に溝)
(所々に雪が残っている)
  • この日は前日からの強風で、道路上に枝が大量に落ちており、車の下側に枝が絡み、引きずって走っていました。でも、道沿いに川もあり、落葉樹の葉が落ちた状態で、森や林の景色は良かったです。
  • 登山口にはわかりやすい鳥居があり、道を挟んで駐車場スペースがあるので、迷うことはありません。
(鳥居があり、分かりやすい登山口)
(登山口の目の前に駐車スペース有り)

「大神ガ岳山頂へ」

  • 3月も20日の春分の日、桜の開花便りもチラホラ聞こえ始め、頭の中は春モードで出掛けたのですが… 雪が道沿いに残ってるじゃん! そう言えばガイド本にも、「林道の雪が解ける3月下旬 登山適期は4月から」と書いてあったなあ… 暖冬なので雪なんか無いだろうと、確かに車の往来には雪の影響は無かったのですが、やはりこの辺の雪は侮れないなあ。
  • というか、頭の中は春モードだったので、車を下りたら寒さで震えました! 標高も高く、恐らく気温は2~3℃しかなかったと思います。おまけに前日から風が強く、寒さが身に沁みました。
  • 残雪と寒さでテンションだだ下がりでしたが、天候は晴れており、せっかくここまで来たのなら、もう登るしかありません。身支度して一路山頂に、鳥居で手を合わせてから入山しました。
  • 登り始めて最初は杉林の中をつづら折りになった登山道を上ります。特に歩きにくい所は無く、傾斜も緩やかではありませんが、それほど急登でもなくと言った所でしょうか。
  • しばらく行くと、谷筋に掛けられた小さな橋があります。苔むして滑りやすいのですが、とても味のある橋です。
  • 橋を渡りしばらく歩くと、「平岩」という大きな石があり、小さな看板があります。この先にある社や岩について図示されていました。
  • 少し歩くと、岩陰に社がありました。おそらくここが、平岩にあった看板に書かれてあった、「山葵天狗社」なのだろうと思います。(お参りするのを忘れていました…)
  • 社を過ぎて、また少し登ると、「潜岩」が現われます。大きな岩が2つ、向かい合わせに重なった状態で、この間を登山道として潜り抜けるのですが、隙間が大きく、それほど身を屈めなくても通れます。
(潜岩)
(看板が無くならないように石が置いてあった)
  • 潜岩を潜り抜けて、少し歩くと、いよいよ山頂に鎮座している巨石群が現われます。この山は山頂に巨石が鎮座している不思議な? 山なのです。大地震が来たら、山頂から岩がころげ落ちていくのではないか?
  • この巨石群、ガイド本には「懸崖(けんがい)」と書かれてあります。ふ~ん、こういうのを懸崖と言うんだと知りました。しかし本当に大きな岩です。懸崖の取り付き箇所にも祠がありました。すぐ脇には、「第三十七回くにびき国体炬火採火ノ地」との石碑が建っています。ちなみに「炬火」は「きょか」と読むそうです。たいまつ、かがり火のことのようです。
  • この巨石から山頂に出るには、左右どちらかに回り込んで登る必要があります。巨石に向かって左側の方が道がはっきりしているようです。私も左側の方から山頂に向かいました。山頂からは反対側を回って下りようとしたのですが、道が途中で分からなくなり、元の道で下りましたので、巨石に向かって左側に行くのが無難だと思います。
  • 山頂付近は残雪が残っており、もう本当に久しぶりに雪を踏みしめることとなりました。若いころは少し雪が積もっている山にも好んで登りましたが… さすがに今はその頃の元気も体力も無いのですが、雪を踏みしめる感触、悪くない!
  • 山頂部分が巨石なのですが、「ここが山頂」という所が見つけらず、だいたいどこの山も山頂を示す看板があるのですが、見つけられませんでした。それで、自撮りの山頂記録写真の撮影も忘れてしまい…
(この岩の上が山頂じゃないかなあ)
  • 山頂からは南側に景色が開けており、木々の間が残雪で白くなった山肌の景色を堪能できました。ただ、もう寒くて寒くて、おまけに山頂付近は風が強く、雨具を着込んでしばらくたたずみましたが、寒かった…
  • 本当は、ここから西側の赤谷山への縦走を計画していたのですが、気温が低く風が強く、この中を歩くのは辛いので、縦走は断念しました… 天気は良かったのですが…
  • 下山は往路を引き返しました。杉の木の根元にあった苔、苔はぱっと見はそうでも無いのですが、近づいてよく見ると、単調な綺麗さがそこにあるような気がします。
  • 今回の登山は単独行でしたが、さすがにこの寒さの中、誰にも会いませんでした。駐車場には私の車のみ。まあ、田舎の里山登山では、ままあることですね。
  • 登山口から山頂まで、30分ほどで登れ、山頂からの景色も良く、途中にも祠や巨石があり、山頂の巨石群が圧倒的な大きさで、特徴的な山でもあり、登山口にも安心して車が停められるスペースもあり、良い里山だなあと思います。

「雑記」

  • 林道の脇には川が流れており、夏なら車を停めて水浴びも良いかな。
  • 帰路の途中、道端に真っ赤な桜? がありました。桜と思うのですが、帰って調べてみましたが、おそらく寒緋桜ではないかと思われます。濃い花の色と、下向きに花が咲くのが特徴のようです。まだ花は完全には開いてない状態でしたが、この色の桜は初めて見たように思います。
(寒緋桜?)
(帰路 道沿いの山並み)
(渓流にも巨石 釣り師もいた)
(益田市 山間集落の家並み)

山ギャラリー②(里山)

近場の里山登山時の撮影画像を幾つかピックアップして紹介致します。

右谷山(山口県)

山口県第二の高峰 標高1,234m 稜線にはカタクリが群生しています(山口県錦町)。そのカタクリの花の画像です。小さな可憐な花です。

(右谷山 カタクリ)

右田が岳(山口県)

山口県防府市にある里山です。標高426m。巨岩に摩崖仏が彫り込まれています。山頂からは360°の景色が見られます。

(右田ガ岳)

開聞岳(鹿児島県)

有名な、薩摩富士(開聞岳)です。山頂からの景色で、池田湖が見えます。

(開聞岳)

観音岳(山口県)

山口県周南市にある里山、標高408m。駐車場があります。ハイキングコースには四国八十八か所の石仏が配置されており、お遍路気分が味わえます。山全体を四国に見立て、阿波、土佐、伊予、讃岐国に分かれ境があります。楽しく歩けるコースです。

(観音岳)

鬼ガ城山(山口県)

山口県下関市にある里山、標高620m。山陰の日本海側に面しており山頂からは海が見えます。山頂にあるピッケルのモニュメントです。登山者用の駐車場があり、近くには川棚温泉があります。

(鬼が城)

久住山(大分県)

大分県の久住山は、九州や山口においては、超有名な山ですね。あえてここで紹介する必要も無いと思いますが、山頂にカラスが居ましたので、何気なく撮影しました。なんか、佇んでいる感が良いです。

(久住山)

剣山(徳島県)

徳島県最高峰の剣山、12月末の景色です。雪が被り、とても素敵な景色でした。お気に入りの1枚です。

(剣山)

高山(山口県)

山口県長門市にある青海島(おうみじま)。ここにある山で標高320mです。これは、山頂にある、旧日本海軍監視所跡です。特異な海岸線の景色も素晴らしく、お勧めの里山の1つです。

(高山)

両子山(大分県)

大分県の国東半島にある山で、国東半島では最高峰となります(721m)。山麓にある両子寺の境内が登山口となっています。

(両子山)

市房山(熊本-宮崎県)

熊本県と宮崎県にまたがる市房山、標高1721mです。日本二百名山・九州百名山にも名前を連ねているそうです。まあ、ここは里山というには標高も知名度も高い山です。花の名前が分からないのですが、私にしては良く撮れた写真でしたので。

(市房山)

小五郎山(山口県)

山口県錦町にある1,162mの山です。私はあまり昆虫の写真は撮らないのですが(というか相手が動いていると、私の腕では写真は無理)、ちょうど花にとまった所だったので撮影できました。アゲハ蝶だと思います。

(小五郎山)

大蔵ガ岳(山口県)

山口県の阿東町にある834mの山です。8合目に巨大な岩屋があります。山頂からの景色も良く、麓はSL山口線が走ります。私が登った時には、この「一言箱」があり、中にノートがあり登山者の感想等が書かれてありました。

(大蔵ガ岳)
(大蔵ガ岳)

狗留孫山(山口県)

山口県には、「狗留孫山」という名前の山が2か所あります。こちらは徳地町の狗留孫山で標高544mの山です。この山も岩に摩崖仏が彫られています。写真は、中腹にある奥の院の写真だったと思います。柱の彫り物が特徴的というか、可愛らしい顔です。

(クルソン山 徳地)

馬糞ガ岳(山口県)

山口県錦町にある山、985mです。写真は山とは関係なく、麓の風景にて、タイヤで作られた恐竜?があります。この辺りは、恐らく秘密尾(ひみつお)地区と呼ばれる地名の所だと思われ、平家の落人集落ではないかと言われている所です。

(場糞が岳)

(番外編)富士山

言わずと知れた日本一の山、富士山(標高3,776m)山頂からのご来光です。7月に登りましたが、さすがに山頂は寒かった! 震えながらご来光が登るのを待ちました。

(富士山)

「山登りと無線機」

会社の同僚と数年間の間、多くの山に行きましたが、異動や結婚等により同行者も少なくなり、私自身も結婚した事もあり、以降単独行が多くなりました。

結婚後、アマチュア無線の免許取得を思い立ち、4アマの免許を取得しました。及びせっかくの免許なので、無線機も購入し山行に持って行くようになりました。当時は既に携帯電話は持っていましたが、そのころは未だ少し市街地を離れると、“圏外”が多く、山登りでは全く使えない状況でしたので、無線機は非常用に持参していました。

山登りと無線機は、ある意味相性が良いというか、特に単独行の場合、そういう風に思っています。

「無線機との出会い」

  • 昔はアマチュア無線が“King of hobby”と言われており、無線人口も多かったですね。当時は小学生だったので、私には無縁な世界でしたが、小学校の友人宅の屋根に大きなアンテナがあり、無線機があったのを覚えています。これらの無線機器は友人の父親のものでしたが、当時私は狭いアパート暮らしだったので、無線機というよりは、大きなアンテナの建てられる一軒家の方が羨ましいなあと…
  • そのアマチュア無線の影響なのか分かりませんが、子供向けには玩具のトランシーバーが多く販売されていました。学研がトランシーバーを出しており、“6石”とか、トランジスタの数が書かれていたのを覚えています。私の家にも玩具のトランシーバーが1セットありました。
  • これ、おもちゃのトランシーバーなので、交信距離は数百メートルしかないのですが、ある時、父親がアパートの高い位置に細長い鉄の棒(アンテナの代わり)を取り付け、この鉄棒とトランシーバーのアンテナ部分を銅線でつないで、私に渡しました。そして、父親と母親は用事があるため車で出掛け、小学生の私は留守番、母親がもう1台のトランシーバーを持って、車の窓からアンテナを出して、しばらく私と交信していました。車が離れて行き、無線は途切れましたが、普段より遠くまで電波が届く事を面白いなあと思った記憶があります。
  • 父親がアンテナを外付けする知識をどこから仕入れてきたのか分かりませんが、当時の玩具のトランシーバーは恐らく27MHz帯の水晶発振子を使っていたはずにて、外部の高い所に長い導電性の棒を立ててトランシーバーとつなぐと飛距離(交信距離)が伸びるのは、今考えても理にはかなっています。
  • 私が中学生の頃、CB無線機が一部で流行っていました。昭和50年台はCB無線機も全盛で、同時に違法CB無線機による電波障害も問題になっていた頃です。当時、合法CB無線機を持っている同級生が羨ましかったですね。また、違法CB無線機を持って家に外部アンテナ建てている強者の同級生もいました。何より中学の先生の一人が、家に違法CB無線機のアンテナ立てていたという、なんというのどかな時代だったんでしょうね! → 遠足か何かの時、無線の話になり、その先生本人が話していたのを横で聞いていましたので。
  • 私はCB無線機は買えませんでしたが、同級生から借りて何回か使わせてもらった事はあります。CB無線機は試験はありませんが、合法CB無線機の場合、無線局として登録が必要でした。登録によりコールサインがもらえるのですが、私は無線機も持っていないのでコールサインなんかあるわけでもなく、適当な名前でお空に出ていました。まあ今では完全に違法ですね…(当時でも違法ですが…)。
  • 小中学生の頃、「無線機でよく遊んだ」という事は無いのですが、身の回りに無線機がある環境だった為、それなりに興味は持っていたのだろうと思います。そうでなければ、結婚後に「アマチュア無線の資格を取ろう」とは考えなかったと思います。

「子供の頃、買えなかったもの」

  • 私の家は標準的な収入の家庭でしたので、貧しくはありませんでしたが、「欲しいものを買ってくれる」という両親ではありませんでしたので、高価なものは殆ど持っていませんでした。
  • 家それぞれに教育方針があって、自分が子供の親となってみて、別にその考えに不満も何も無いのですが、それとは別に、子供の頃に欲しかったものに対する執着心は消えないというか、なんか当時手に入らなかったもの、今でも欲しかったりします。特に使いたい とかじゃなく、とにかく欲しいという欲求。あまり良いことではないのですが… ある意味反動なのかも。
  • 話は少し反れましたが、アマチュア無線の免許を取って、本来の目的である非常通信用にハンディ機を1台購入しましたが、ハンディ機は家にあっても、交信相手は近くの人に限られます。「もっと遠くの人と交信してみたい」と、単にそれだけの理由で、低出力の短波帯の無線機も購入し、当時住んでいたアパートに小さな外部アンテナを取り付け、交信してみました。
  • 低出力(10W機)とは言え、小さなアンテナでも短波だと飛ぶんですね! 安定して飛ぶわけではないけど、北海道、関東、関西の局と交信出来ました。韓国の局とも交信しました。無線の醍醐味の1つが、自分の出した電波が遠くまで届く不思議さの体感だと思います。
  • その後、転勤等により3回ほど居住地が変わっており、都度無線機のアンテナを設置するのは正直面倒なこともあり、短波用の無線機はお蔵入りになっています。元々、無線に対して、それほど情熱があるわけでもなく、子供の頃買えなかった無線機で遠くの人と交信してみたい という動機だけなので長続きせず… まあいいか。
(アマチュア無線(ハンディ機))
(STANDARD VX-3・VX-7)

「山登りと無線機は相性が良いのだが…」

  • (前置きがとっても長くなってしまいましたが…)私は、山登りと無線機って、相性がいいなあと思っています。
  • 山登りに無線機を持って行くメリットとしては、非常通信手段として使える(可能性がある)ということです。アマチュア無線の場合、“通信の相手方”が存在しなければ交信は成立せず、また谷筋や標高が低い場合は電波到達範囲が狭くなるため、電波を拾うことが出来る無線局との交信の可能性も低くなります。それでも携帯電話が使えない環境において、アマチュア無線機は助けを呼べる可能性のある機器である事には違いはありません。
  • さて、それは置いておいて、単に無線という趣味で見た場合、山登り、山頂というのは無線環境としては非常に良い環境です。標高が高く周りに障害物が無い所ほど、無線の電波は遠くまで届くからです。遠くの無線局と交信する方法の優先順位は、①位置(環境)、②アンテナ性能、③無線機の性能 と言われており、標高の高い山頂は、もうそれだけで無線交信においては、恵まれた環境となります。
  • 昔から、アマチュア無線機は遭難時の通信手段として有効と言われており、山岳会等の登山においては殆ど持参されているようですが、普段の里山歩きにおいて、山頂で無線機で交信されている方は、実はあまり見かけたことがありません。私はそれなりの回数は山登りをしているので、山登りを趣味とされている方の無線人口は、さほど多くないというのは実感ですね。山登りと無線というのは、趣味性としては嗜好が違うようにも思い、両方される方の方が珍しいのかも知れません。
  • 私自身は、山登りに行く際は、ザックに無線機を入れていくことが多いのですが、山頂で使うかどうかは気分次第の所があります(人が大勢いる所場合等は、少々恥ずかしいような気もあり)。元々熱心な無線家ではなく、控えめな無線家なので、交信しても1~2局、こちらからCQを出して呼びかけるわけではなく、聞こえてきた局に応答する形での交信ですが、それでもマイナーな山の山頂からの交信等の場合は、めったに交信できない場所だったりするので、相手に喜ばれたりもします。そういう無線機の使い方も、気長に付き合えるようで、悪くないなあと思っています。

「ライセンスフリー無線」

  • アマチュア無線の場合、①無線従事者免許(1級~4級)と、②無線局免許証 の2つの免許を得ないと、法律上運用が出来ません。私は3級アマチュア無線の免許を持っており、局免もあります(局免が無いとコールサインが得られない)。
  • 他方、ライセンスの不要な無線機もあります。昔からあったのは、CB無線機と特定小電力トランシーバーの2つですが、最近は、デジタル簡易無線機、デジタル小電力コミュニティ無線機というデジタル無線機が2種類、増えています。
  • 私は、後者のデジタル無線機は持っていないので、どのように使われているかは分からないのですが、特定小電力無線機とCB無線機は持っています。これらの無線機は電波の出力も小さく、市街地では近距離でしか運用出来ないのですが、ロケーションの良い山頂からだと、数百kmほど飛びます! 非力な無線機を、ロケーションの良い山頂まで担ぎ上げて運用することで、非力でもはるか遠くの無線局と交信できる事が、その醍醐味のように思います。
  • アマチュア無線機は、過去の最盛期に比べ、現在は実際に運用している局は激減していますが、それでも国内では開局している局も多く、不特定の相手方とも交信出来る可能性が高いのですが、ライセンスフリー無線の場合は、それを趣味的に使う方は限らており、平日の平野部で無線機のスイッチを入れても、雑音しか聞こえません。
  • ライセンスフリー無線の場合は、年に数日、皆でこの時間にお空に出ようという、“一斉ON-AIR DAY”があります。なので、この日にロケーションの良いいろんな所に出かけて交信を楽しむようになっています。
  • 私も、この一斉ON-AIR DAYに無線機担いで山に登っていましたが、出来れば登ったことのない山に登りたいというのがあり(無線のために同じ山に何度も登るのは好まないので)、せっかく登ったは良いが、ロケーションがいまいちで、交信が空振りだったことも数度あります。
  • ここしばらく、CB無線機からも遠ざかっていましたが、せっかくですから今年はお空に積極的に出ようかと考えています。無線機がまともに動いてくれればですが… ふと思うのは、山登りだったり無線という遊びは、ブランクがあっても再開できる所が良さの1つかなあと思います。
(特定小電力トランシーバー)
KENWOOD UBZ-LK20
ICOM IC-4100

「備考:一斉ON-AIR Dayについて」

ライセンスフリー無線機相互の交信機会を増やすため、全国的に一斉にON-AIRしようと有志にて決められた日があります。私がCB無線機の運用を始めた15年以上前から情報がありましたので、結構な歴史があるように思います。日程は当時から変わっていない様で、今後もしばらくはこの日程だと思いますので、ご参考までに。

  • 春の全国一斉オンエアデイ:春分の日 9:00~15:00
  • G・W一斉オンエアデイ(毎年5/3・4の祝日 5月3日21:00~5月4日15:00)
  • SUMMER VACATION(毎年7月の最終土日 土曜日21:00~日曜日15:00)
  • 秋の一斉オンエアデイ(毎年9月敬老の日を含む連休の土日 土曜日21:00~日曜日15:00)
  • 全国各地一斉オンエアデイ(毎年11月文化の日 9:00~15:00)
  • 年末年始一斉オンエアデイ(12月31日21:00~1月1日15:00)
(CB無線機)
National RJ-410

「CB無線機での遠距離交信」

私はそれほど熱心な無線家ではないので、遠距離交信も数えるほどしかありませんが、わずか0.5Wの出力しかない無線機が、はるか遠くの人と交信が出来るというのは、やはり面白いなあと思います。

  • 2007年だったと思います。阿蘇山から北海道の無線局数局と交信出来ました。これはEスポと呼ばれる電離層反射による交信で、運が良かったものです。このEスポ、本当にある瞬間から急に無線機からいろんな交信が聞こえてきて、「えーっ! 北海道!」と思いながら、一生懸命呼びかけて数局と交信できました。その後スーッと交信が聞こえなくなり、ほんとある一瞬の間だけ交信可能な時間があったのが不思議で、貴重な体験でした。
  • 下関 華山 - 愛媛県伊予市
  • 下関 華山 - 福岡県久留米市鷹取山
  • 下関 華山 - 愛媛県久万高原
  • 国東半島文珠山 - 愛媛県高縄山
  • 雲仙普賢岳(長崎)-九千部山(佐賀)

あまり正確に交信記録も取っておらず、記録にあるのはこの程度ですが、北海道と交信できたのは嬉しかったですね。

(CB無線機)ICB-880T(SONY)

(備考:保有している無線機)

  • CB無線機 SONY ICB-880T
  • CB無線機 Panasonic RJ-410
  • 特定小電力トランシーバー KENWOOD UBZ-LK20
  • 特定小電力トランシーバー ICOM IC-4100
  • アマチュア無線機 STANDARD VX-3
  • アマチュア無線機 STANDARD VX-7

山道具について 道具への愛着

気付けば、それなりの期間、山登りに出かけているので、身の回りにも結構な数の山道具があったりします。自分なりの山道具との付き合いについて書いてみます。

「山道具とは?」

  • この記事を書くにあたり、ふと考えてみたのですが、登攀ではなく山歩きの場合、「絶対にこれが無いと困る」道具って、無いんですよね。登攀の場合は、もう絶対的にザイルやハーケン、カラビナやヘルメット、ハンマーその他、不可欠な道具がたくさんあるのですが、山歩きは不可欠なものって1つも無い。
  • もちろん、山歩きであっても環境的に厳しい登山の場合は、それなりの道具が要求されますが、近所の里山を楽しむのに、不可欠な道具はありません。靴も登山靴である必要は無く、リュックやザックも、別の鞄でも良いわけだし…
  • 山道具は、山歩きの機能を追求して利便性を上げた道具だと思います。無くても何とかなるけど、あった方が歩きやすい、過ごしやすいものなんだろうなあと思います。登山靴なんで、その最たるものですね。一度登山靴で歩くと、スニーカーには怖くて戻れない。
  • 山道具、山用の道具というのは、そういう道具なんだと思います。

「体幹・体バランス」

  • 登山靴、一度履くと手放せません。やはりソールのグリップ力が良いので、登山道では滑りにくく、ハイカットの場合は足首を保護するので、捻挫のリスクも減少できます。
  • 山登りにおいて転倒することは殆どありませんが、足が滑って尻もちをつくことは日常茶飯事にて、珍しくもなんともありません。ただ、人により尻もちをつく回数は明らかに違います。私はどちらかと言えば多い方ですね。
  • 普段、山登りをしない人と一緒に山登りに出かけたことがあります。この人は普通のスニーカーを履いていましたが、この人、尻もちつかないんですね、登山靴履いている私の方が尻もちをつく始末… これって、体幹、身体のバランス力の個人差によるものなんだと思います。しかし、自分のバランス力の無さに、少しガックリした事は覚えています…

「山道具への愛着」

  • よくよく考えてみれば、私はあまり道具への愛着が無いのかも知れません。この文章を書くに当り考えてみたのですが、特にこだわりの道具なり、「絶対にこれじゃないとダメ」という道具は無いんですよね…
  • 誤解の無いように書いておきますと、どちらかと言えば、新しいもの好きな方ですが、決して粗末に扱っている等のことはありません。
  • ただ、ふと気づくと「結構長い間使っているよなあ」という道具があります。それがそこにあるのが当たり前で、愛着なのかどうか分かりませんが、でもそういう道具があるというのは、良いなあと思います。

「長く使っている道具:ストック」

  • 一番最初に購入したストックは、残念ながら近くの里山登山の際、下山後に車に積み込むのを忘れてしまい、紛失してしまいました。⇒ 帰宅後に紛失に気付いたけど、近くとは言え数時間の道のりを取りに戻る方が大変なので、あきらめました…
  • その次に購入したストックは安物ではありますが、以来ずっと使っています。ストックにはこだわりは無いので、荷重を掛けても縮まないものであれば、何でも構わないのですが、ずっと使っている=安心感があります。せっかくなので大事にしたいですね。
  • ストックは、曲がると使えなくなります。曲がると縮まなくなるし、何より荷重を掛けた際、そこから折れてしまうからです。そして、ストックは小さな岩の間に挿し込んで使う場面が良くありますが、これを抜きそこなって曲げる場合があります。つまり曲げてしまって使えなくなる事があるのですが、今の所曲がらずにずっと使えている。ありがたいことなんだと思います。

「長く使っている道具:登山靴」

  • これは、「使っている」のとは違いますが、ミズノの登山靴「Berg」は長年愛用していましたが、靴底が張り替えられるタイプではなく、靴底が減って滑りやすくなったので、先日キャラバンシューズを買いました。
  • このミズノの登山靴、一般的に言われているポリウレタンソールの剥がれもなく、捨てるのももったいないので、バイクに乗るときにブーツ代わりに使っています。そういう意味では、愛着があるのか、捨てるのもったいないなあと思い…

「長く使っている道具:コッヘル」

  • 自分なりに一番長く使っている道具は何だろうと考えてみたら、角形コッヘルでした。これは学生の頃から使っているもので、壊れないですね。最近は日帰り登山が多くなり、コッヘル持って行くのも面倒にて使用頻度が減ってしまったこともありますが、今でも現役で使えます。
  • このコッヘル、フライパンと鍋のセットで、フライパンは焦げ付き防止加工がしてありますが、さすがにコーティングが剥がれ、焦げ付きますが、まあ実用には全く問題ありません。せっかくなので、このコッヘルはずっと使いたいですね。
  • というわけで、長年愛用できる山道具の1つとしては、コッヘルがあると思います。今からコッヘルを購入予定の方は、そういった目で選ばれるのも良いかも。

「長年愛用出来ない道具:雨具類」

  • 防水加工をしているテントや衣類は、縫い目部分のシールテープが剥がれるので、補修するか買い替える必要があります。
  • そう言えば、昔格安で購入したゴアテックスのマウンテンパーカー、これデザインも良くすごく気に入っていたのですが、やはりシールテープが剥がれてしまい、自分で補修しようとしましたが難しく、残念ながら手放しました。
  • レインコートは使用頻度により耐用年数が大きく変わりますが、使用頻度が高いと、耐用年数は少なくなります。レインコート類はジャブジャブとは洗えず、特にズボンの方は汚れが取れなくなってきますね。
  • スパッツは、使用頻度も多く、①汚れる、②ゴムが緩む、③裏の防水ラミネートが剥がれる 等のこともあり、どちらかと言えば消耗品のように思います。私もスパッツはこの間数回、買い替えています。

「寝袋・ガスストーブ」

  • 耐久性は使用頻度との兼ね合いなので、一概には言えませんが、私の場合、寝袋やガスストーブも長年使用しています。
  • いずれも使用頻度がさほど高くないのですが、購入して経過年数はかなり経っており、自然劣化は殆どない様に思います。
  • 一番古い寝袋は小学生の時に買ったものが現存しています。40年ものとなります。

「ザックについて」

  • ザックは容量違いで3つ持っています。内1つは先日買い替えたもので、その前に使用していたザックは、内側の部分、プラスチック繊維の可塑剤が抜けてベトベトになってしまったので、手放しました。
  • 今のザックは化学繊維で出来ていますので、化学繊維(プラスチック)の可塑剤が抜けてくるとベトベトになり、こうなると打つ手が無く、我慢して使うか、手放すしか無いようです。
  • これも、物によりけりで、手放したザックよりも他の2つの方が先に購入しており、経過年数だけでなく、もともとの材質、メーカーの違いもあるように思います。現存して長期間使っているザックは、ドイターとTATONKAのドイツブランド品となります。

「以外と長持ちしている道具」

  • 道具なのかどうか? 分かりませんが、モンベルの登山用ズボン、冬用と夏用の2本については、これも長期間愛用しています。まあ山行に必ず着用しているわけではなく、ジャージのズボンで登る場合もありますが、この2本はずっと使っています。
  • 1つの理由が、「最初から大き目サイズを買っていた」事。年齢を経ると共にウエストも増えて… 私服のスラックスやスーツが着れなくなるのが何着もある中、登山用ズボンは未だ入る! 最初から何故か大き目サイズを買っていたから? いや確か登山用のズボンは、細かなサイズ設定ではなく、LMSの大雑把なサイズ設定だったためかなあ。そう思って実物を確認しましたが、やはり「XL」を買っていた! さすが私! 将来太るの予想していたんだな!
  • 登山用ズボンは結構使用していますが、破れることもなく現役で使用しています。お勧めです、モンベルのズボン。

「全く長持ちしない上着類」

  • 上着というか、上に着る服については、登山用に限定した使い方をしているものが無く、普段用と兼用のため、いつの間にか捨てているような…
  • そう考えると、登山用として使っているものの方が長持ちしているように思います(ズボンとか帽子)。
  • まあ下着は消耗品みたいな所もあるから長持ちしなくても構わないのですが。今はスポーツ用のTシャツは全て化繊で登山にも使えるので、ファッション性は良くなりましたね。その昔はオーロンとか(古っ! 知っている人限られるなあ)、登山用のものは、もうモノトーンのダサダサの色のTシャツしかなく、登山以外では着れなかったなあ…

「小物類」

  • シェラカップは壊れないので、ずっと同じものを使っています。
  • 時計やGPS、カメラ等のデジタル機器は、技術進化と共に持ち物も変わっていますね。使い方覚えるのに必死ですが…

「他に持っているもの」

  • 若気の至り ではありませんが、若いころは頑張って、雪が少し積もっている山にも登りました(もちろん低山レベルです)。そのため、アイゼンとピッケルも持っています。アイゼンはともかく、ピッケルはもうかっこいいなあという憧れだけで買いましたが、まともに使ったのは、春先の鳥取大山登山の1回だけでしたね…
  • 凍っている山肌でもない限り、西日本の山ではピッケルは不要ですね。それよりストックの方を重宝します。でも、ピッケルもせっかく買ったので捨てられずに持っています。
  • あと、トレッキングピッケルを持っています。これは杖代わりに使うもので、熊がもしかしたら出そうな山には、ストックの代わりにこれを持って行きます。護身用ですね。

こうやって山道具について考えながら書いてみると、以外と山専用に使っている道具は、長い間使っているものが多いなあと思いました。なんやかんや言って、それなりに愛着があるのかも知れませんね。

「山登り 誰と行く?(山歩きの仲間)」

「仲間と行くか? 単独行か?」とは、どこかで見たことがあるフレーズですが、私の場合は、一緒に行く相手が居ればいくし、居なくても行きたい山があれば一人で行きます。どちらもメリット、デメリットがあり、その人次第の話ではあります。

私自身は、一緒に行く仲間なり相手が居る方が楽しいし、メリットも多いと感じています。私が山に良く登ったのは30歳からの4,5年ですが、この頃は積極的に同行者を集めていました。当時は独身で時間にも余裕があり、サークル的な活動をしていました。まあ厳格にサークル、会を催していたわけもなく、継続性も考えていなかったので、同年代のメンバーの結婚ラッシュと共に、自然と一緒に山に行くことは無くなりました。

この辺の経験を通じ、感じたことを書いてみたいと思います。

「同行会の設立?」

  • 当時、私は会社の独身寮に入っており、それまで釣り三昧の休日を過ごしていたのですが、釣りに一緒に行っていた同僚の退職に伴い、別の事もしてみたいなあと考えていたように思います。
  • あるとき、山登りもする多趣味な後輩と、近所の山に登ることとなり、久しぶりに登山に出かけました。当時はあまり身体を使うことはしておらず、登りにあえぎながらの登山でしたが、久しぶりに歩いて、その楽しさを実感したように思います。
  • その後輩と話しをしていて、「せっかくだから、もう少し山登りのメンバーを集めてみるか?」との話となり、それから、山登りをしそうな会社の同僚に声をかけるようになりました。
  • この日、二人で登った山行について、後から作ったパソコンの登山記録には、「登山部旗揚げ登山日」と書いています。まあそんな大した話ではないのですが、自分の中では節目だったように思います。

「アウトドア同好会」

  • 会社内の同僚を山登りに誘い、結果として主メンバーは私を含む5人になりました。また数人の女性メンバーは、都合が合えば参加してくれていました。
  • メンバーには登山部やワンゲル経験者はいませんでしたので、山行についても近所の低山から、少しずつステップアップするような形で、登る山の標高が上がっていったように思います。
  • 活動対象も、山登り、山歩きが中心ではありましたが、キャンプや、あとはカヌーも少しかじりました。カヌーは、いわゆる激流下りに憧れましたが、転覆しても起き上がれないので、のんびり川下りに数回出かけました。
  • 休日に、一緒になって遊べる仲間が居るというのは、やっぱり楽しいものだと思います。同好会と書いていますが、遊び仲間ですよね。
(湖でのカヌー遊び中)

「年長者の責任は?」

  • 山登り、山歩きの範疇は、あくまでも歩き、トレッキングにて、ザイル等を用いた登攀技術等は持ち合わせていないので、そこまでの危険性は無いのですが、それでも油断すれば転倒、滑落等のリスクはあります。
  • また、北アルプスへの遠征等にも行くようになり、山歩きであっても、それなりの危険はあるなあと感じていました。北アルプスでなく九州の山でも、「足踏み外したらシャレにならんなあ」という所はいくらでもありますし…
  • まあ、やっていたことは仲間内での遊びにて、公式の部活でも一般募集している山の会でも何でもないのですが、それでもケガ等が発生した場合、これって責任とかどうなるの? 的なことは、年長者である私は思う所がありましたね。
  • なので、北アルプスの遠征に行く際には、登山保険についても調べたりはしていました。1年だけ、登山保険に加入した年もありました。
  • あくまでも遊び仲間による遊びの範疇であっても、ケガ等の発生時には責任云々の話になる可能性があります(本人が良くても家族の意向までは分からないため)。同じメンバーで幾度も山行を重ねていると、それが会なり組織体として見られると、必ず責任云々の話になると思われ… この辺は少々、煩わしさを感じていた面があります。まあそれが苦痛だったとか言う話ではないのですが。
(最多で8名で山行に行っていました)

「部活動との違い」

  • 私は高校、大学と運動系の部活をしていました。部活動と、こういう遊び仲間の会とは、言うまでも無く大きな違いがありますが、やはり一番大きいのは強制力の有無ですね。
  • 部活動の場合も、入部、退部は本人の自由意思ですが、部活動である以上、その種目において、「練習を重ね力量を上げ試合に勝つ」という命題は外しようが無く、それに向かって努力する事に関しては、強制力があります。
  • 他方、“遊び仲間”でしかない同好会は、殆ど強制力が無いというか、強制する気も無いのですが、山行予定を立てても、行く、行かないは本人の予定が空いていれば、となります。活動に対する優先順位も本人次第。
  • それは全く構わないのですが、メンバーが揃わず山行中止となる場合も、何度もありましたね… この辺は仕方のない事ではあります。

「山岳会、山の会」

  • 私が学生の頃、一度だけ山登りに連れて行ってくれた部活の先輩は、社会人になってから、山の会に入ったと便りにありました。そこでは、登攀技術等も教えてもらい、楽しいと書かれてありました(結婚式以来、この先輩とお会いできていない…)。
  • 私の住んでいる地元にも山岳会があり、会の特徴上、「来るもの拒まず」ではありませんが、基本、会員を常時募集されています。
  • 私も山岳会に興味はありましたが、やはり入会のハードルは高いというか、なかなか一人で飛び込むというのは、そこまでの度胸はありませんでした。ある意味、山岳会は部活動に近いような団体であり、そこまでのモチベーションを維持できるか? 自信が無かったことが最大の理由なのかも知れません。

「同好会-遊び仲間における不満?」

  • 同好会的な活動をしている間、殆どの予定は私が決めていました。自分が行きたいところに誘えるというのは、それはそれで自分にとってもメリットはあります。
  • ただ、最初はそれで良いのですが、出来れば途中からは自発的にいろんな意見や要望が上がってくると、積極性なり盛り上がりが出てくるのですが… なかなかそういう風にはならず…
  • 結局、ずっと私が大半の計画なり希望なりを出すのに終始していたように思います。それはそれで、ちょっと寂しい気もします。客観的に言えば、「こちらから誘うと付いてくるが、自分からは誘わない」的な印象でした。
  • 私としては、この辺が不満というか寂しいというか、この辺の積極性があると、もっと相互作用が出てきて盛り上がるのに とは感じていたところです。
  • 今となってみれば、誘うことに対し、応答(参加)してくれる人がいること、いたことはありがたい事だとは分かっています。ただ、それでも正直、少しだけ物足りなさを感じていたのも事実です。

「中途半端な…」

  • こうやって自分の考えを書いてみると、いやはや中途半端な自分がそこにありますね…
  • 山岳会は自分にとってハードだし… そこまで自分のモチベーションに自信が無いというか、居場所が作れる自信がないのだろうし…
  • 遊び仲間的な同好会だと、参加者のモチベーションが若干低いことに対し、正直不満を感じていた自分があり…
  • いやはや、それって自分が中途半端だって、言ってるようなもんだぞ!(ちょっと反省)

「単独行が増える」

  • 独身の頃、そうやって同好会的に山行に行っていましたが、年齢も少し重ねる事により、周りも結婚ラッシュとなり、家族持ちになると、どうしても参加率が下がるため、一緒に行ける機会も減っていきました。
  • その分、私は単独で山登りに行く事が増えました。今まで複数で行っていたのが、話し相手無く一人だと、やっぱり寂しいと思います。マイナーな里山だと、ほんと最初から最後まで誰とも会わない事も一度や二度ではなく… そういう時って、山頂でたたずんでいて、物音がすると、ちょっと驚いたりします。
  • 単独行の場合、お供に ではありませんが、アマチュア無線機を持って行って山頂から数局と交信したり、CB無線機のイベントの日(一斉オンエアデイ)にはCB無線機担いで登って、交信出来たら嬉しかったりとか、そういう楽しみはあります。無線機を持って行く場合は、山頂で一人で交信するので、単独行の方がやりやすい面もあります。
(CB無線機 愛機 ICB-880T)

「今となってみては」

  • 振り返ってみて、同好会的な活動も、5年ほどやっていました。結構な期間だったと思います。
  • その期間、一緒に過ごせる仲間が居たことで、いろんな山に出かけられました。山中泊やキャンプで同じ釜の飯を食べ、それなりに濃い人間関係と時間を共有できるという事は、やっぱり楽しい事だと思います。
  • まあ、泣くことはありませんが、笑い、汗をかき、飲み、食べ、楽しみ、寝て、有意義な時間を山仲間と過ごせたんだなあと、少々感慨深い思いになります。そんな中で、山行仲間、安全等について考えることで、自分なりにも成長したのかも知れません。
  • あの頃は、仲間を集めて活動するだけの意欲がありましたね。半世紀を生きて、今はそこまでの意欲は無い… 
  • 山岳会はハードだけど、もう少し緩い山の会的な所があれば、参加してみたいという気はあります。ただ、ネットで調べても、残念ながら近所には無いんですね…
  • 今でも山行に対する考え方は同じですね。一人でも行きたい山があれば行くし、一緒に行ける仲間がいれば、さらに楽しい と思っています。年齢を重ねるに従い、面倒くさいのがイヤになってきていますが、人と出会う機会だけは、面倒がらずに生かすようにしなければいけないよなって、自分に言い聞かせています。
(久住登山後 キャンプ場で)