「久住山は遠かった…」

私の個人的な思い出で恐縮ですが…

前回、小学生時代の山登り遠足の話を書いた時に、中学性の頃の出来事が思い出されましたので、ついでに書こうかと…

「久住山登山訓練」

“久住山登山訓練”だったかどうか、正確なイベント名は覚えていませんが、中学生の頃、久住山に登るイベントが夏休みにあり、参加者を募集していました。

確か中学2年の時の話だったように思います。

当時、部活も何もしていなかった暇人の私は、是非行ってみたいなあと思い、参加することにしました。もう大昔の話なので、主催者とか良く分からないのですが、学校からの案内でしたので、学校関係者がバス等で引率されるような行事だったと思います。

一泊二日の行事予定だったように記憶しています。

「久住山について」

私の家は、家族で山登り等に行くようなことはなかったので、遠足以外の山登り経験は、当時の私にはありません。

久住山がどういう山かもよく知らず、ただ大分県にあることは知っていました。

小学生か中学生の頃、クラスメートで「家族で久住に行った」等の話は聞いたことがあり、そう言えば「富士山に家族で登った」とか言うクラスメートも居たような気がする。

恐らく、「家族ででかける」=楽しい所? と言う風に、私の頭の中では想像していたのかも知れません。

今となっては、中学生の頃の私がなぜ、久住山登山に申し込んだのか? 良く分かりませんが、まあシンプルに「何となく楽しそう」とでも思っていたのでしょうね…

「持って行くもの」

中学生の遠足にて、家にあったナップサック以外に、服は体操着、靴は運動靴、水筒や宿泊に必要なもの、飯盒はありましたが、恐らく以外に、雨具、懐中電灯等、幾つかは買わないといけないものがあったように思います。

「準備不足で母親の逆鱗に触れ…」

今思えば、私は親に、「〇〇を買ってくれ」とねだるのが、なぜかイヤでした。

それがあだとなったのか、単に準備するのが遅かったのか…

久住山に行くに際し、必要なものが準備出来ていなかったので、母親に「〇〇が無い」ということを言うと、「分かった」との返事。

後日、他に足りないものがあったので「〇〇も無い」と言うと、母親が怒り出し「直前になって、あんた何言いよるとね! そげな準備も出来んで、山登りなんか行かんでよか!」と言われ… そのまま母親は電話で久住行きをキャンセルしてしまいました…

中学生の頃は、日常生活にイベントの少ない頃だったので、結構楽しみにしていた久住登山でしたが… 行けなくなってしまいました… 相当残念だったことを覚えています。

後日、参加した同級生の話を聞きながら、行けなかったことが悔しかったなあ。

「自分が親となってみて」

そもそも私の子は山登りに行こうと誘っても行かないので、同じシチュエーションに親の立場としてなることはありませんが、もし同じ状況だったら、やっぱり母親と同じことを言ったと思います。

母親は山登りをしないので、「準備不足で山登りに行くのは危険」という認識ではなく、それ以前に「準備も出来ずに行動するな!」という教育をしたかったのだろうと思います。ただ、結局の所その考えは、山登りにはとても大事な事なんですよね…

今となっては懐かしい思い出です。

「憧れの久住山?」

ルートにもよりますが、牧ノ戸峠からの登山の場合、久住山はそれほど難易度の高い山ではありません。それなりの体力があれば、誰でも登れます。

私は社会人となり山登りを始めてから、最初は近所の里山に登り、少し経験を積んでから久住山に行きました。徐々にステップアップしたという所でしょうか。まあ家から久住山は少し離れていたこともあります。

最初に久住山に登った時は、山頂からの景色の雄大さに感動したのを覚えています。

なんてったって九州では名峰ですからね。

その時は6人での登山でしたので、ワイワイガヤガヤで登りましたので、自分が中学生の頃に登り損ねた事は思い出すこともありませんでしたが、30歳を過ぎて、ようやく久住山長に立てたんだなあ… 中学生の自分に見せてやりたかったなあ。